昨日の鳥活。場所はいつもの公園。

最初にベニマシコさんたちのいる草地に行ってみたが常駐おじさんたちもいないし気配もないのでウロウロ。
シメさんやイカルさんのいるところに行ったが誰もいない。
と、何人か大砲を持った人が取り囲んでいる樹がある。

何がいるんですか?と聞いてみたらアオバトだと教えていただいた。
めったにいぃへんねんからたくさん撮っとき、と。


たくさん撮った。
去年はお山で何度も「ぉわーーお、ぉわぁーーお」と鳴いているアオバトさんの声を聞いたけど、お目にかかるのは初めてだ。うれしかった。
またお山に行くから、声を聞かせてね。

後ろ髪ひかれつつも別のエリアへ。ルリ子さんを探すが会えず。トラちゃんにも会えない。


コゲラさんがいた。熱心に熱心につつく。


かなり近くで撮らせてもらえた。

10時過ぎてようやく日ざしが出てきた。


ツグミさんがドライフルーツ化したムクノキの実を食べてる。いい朝ごはんだね。


いつものジョビ男。


いつものモズ子。
鳥にもちゃんと居場所があって、広い公園の中のこの場所に行けば会える、というのは、鳥活をするようになって初めて知ったことだ。

さてさて、暖かくなってきたのでベニマシコエリアに戻ってみることにした。
やはり常駐の鳥活人たちはいない。
鳥は、シジュウカラやエナガ、コゲラ、メジロさんなどの混成部隊がにぎやか。
臆病なエナガさんが、寄り付いた樹に人が近づくたびにあっち飛んだりこっち飛んだりしてものすごく忙しい。
私たちは一か所でじっと待っていたのだけれど・・・


!!
ふいにエナガさんたちが目の前に飛んできた。激写激写!
(あんまり近すぎて望遠レンズでは撮れないくらいだった)
こんなにエナガさんをちゃんと撮ったのは初めてかも。

そのうち、混成部隊さんたちがいっせいに去った。


合間にジョビ子。

「ぴぴぴぴぴ」と声がして、奥の笹原から飛んできた鳥が二羽。
もしかして?


ベニマシコさんだった(例によって遠すぎてめちゃめちゃトリミング)。


ベニ子さん(あ、ごちそうさんのぬかみその名前だ)。


ベニ男くん。

貸し切り状態で撮れてお得気分だった。
アリスイさんには会えなかった。

14日の鳥活。場所はいつもの公園。


ゴイサギさん。ずいぶん近くにいてくれたのだけど、あちこちかゆいらしくて全然ジッとしてくれない。


ホオジロさんのメス。こないだ勉強したのでおなかの色でホオジロってわかったぞ。


すぐそばにいたホオジロさんのオス。この後連れ立って飛んで行った。つがいなのかな?


前回と同じ場所でジョビ男。


池のそばのメジロだまりのメジロさん。


メジロだまりに一緒にいるカシラダカさん、この時はエナガさんたちは見かけなかった。


これも前回と同じ場所にいたジョビ子さん。とても近くできれいなお顔を見せてくれた。


久しぶりに会えたルリビタキさんのメス。男の子にも会いたいものだ。

ゴイサギさんのいる池のそばの草地で、大砲を持った鳥活人たちが今シーズンはずっと常駐している。
前回夫が聞き込みしたところによると、ベニマシコとアリスイという珍しい鳥が来ているらしい。
お昼回ってもう一回あの場所を覗いてから帰ろうか、ということになり、行ってみると・・・


遠いから不鮮明すぎるけれど、ベニマシコさんのメス。


これはオス・メス。赤っぽいのが男の子(おしゃれね)。


これがオス。

大砲はとてもじゃないけど買えないので、いつかラッキーで近くに寄ってくれる時に写せたらいいなぁ。
夫は自覚しないまま撮った写真にアリスイが写っていて、私は撮れなかったのでいいなぁと言っていたのだけれど、ちゃんと視認できなかったのが悔しかったそうだ。

ということで、まだまだ鳥活は続く。

5.わたしをみつけて 中脇初枝 ◎
・・・またやってしまった。これも読んだ覚えが。
以前、NHKのドラマで、「てっぱん」の瀧本美織が孤児の准看護師の役のドラマをやっていたのを何となく見ていて、うわ~こんな暗い人間も演じられるんだ、とビックリした。
夏ごろに、例によってAmazonプライムビデオで「きみはいい子」という映画を見たのだが、小学校教師が虐待を受けているらしき生徒を気に掛け、でも粗暴な親を恐れてなかなか動き出せず、でも生徒の住んでいるアパートについ足を向けてしまう・・・といったシチュエーションが、入院患者に頼まれてアパートに虐待の様子を伺いに行くというドラマの筋と似ていて妙な既視感があり、後でググってどちらも原作者が同じで1つの物語を別の小説で書いたものだと知った。
それで改めて図書館で「きみはいい子」と「わたしをみつけて」を借りてきて読んだはずが「わたしをみつけて」の方を忘れてたという・・・
「わたしをみつけて」も「きみはいい子」も、人間のダメなところ嫌なところもきちんと描きつつ、その中の光明をはっきり見せて、読む人に力を与えてくれる小説だと思う。「きみはいい子」の映画もお勧め。

6.ポイズンドーター・ホーリーマザー 湊かなえ 〇×
小説としては上手だと思う。でも認めがたい。私は嫌い。
湊かなえは「告白」を読んだ時から後味悪く、その後「夜行観覧車」や「Nのために」などを読んだが「夜行観覧車」が多少マシと思えたくらいでやはり読後感の悪さ、人間の信頼を鼻で笑って貶めるような、エナジードレインしていくかのような物語性がどうしても好きになれない、というか嫌い。
こういう感じのミステリーを「イヤミス」というのだそうだが、いろいろ書いた中にこういう著書もいくつかあるというのじゃなしに、こういう話しか書かない、というのはどうなのだろうか。表現者が表現するものは自分の内面からいづるものだと信じている私がおめでたいのかもしれないが・・・
題名で、あ、毒親モノなのかな?と思って手に取った。これも先日読んだ「お願い離れて、少しだけ。」と偶然同じでオムニバス、というかいわゆる「毒親」と娘のかかわりにまつわる短編集になっている。
6つの短編のうち、最後の「ホーリーマザー」だけ書き下ろしなのだそうだが、ここで著者は「毒親」について全否定して見せる。

「(前略)毒親に支配されている人を、海でおぼれている人に例えて考えてみてよ。マリアはかなり沖で激しい波に飲み込まれて、息も絶え絶えに苦しんでいる。弓香は、浅瀬でばしゃばしゃもがいているだけ。本当に溺れていると思い込んでいるんだろうけど、ほんの少し冷静になれば、足が届くことが解るのに、気付こうともしない。先に助けなゃいけないのはどっち?なのに、浅瀬の弓香が助けて助けてって大騒ぎしていると、本当に大変な人が溺れていることに気付いてもらえない。(後略)」

これは、浜辺で海の様子を見ている人が言っては絶対にいけない言葉ですから(笑)。
沖で溺れようが、足の着くところで溺れようが、溺れるのは同じ。人は膝までの深さの水でも溺れる。水の深さ云々ではなく、その人が泳げるかどうか、その時の体力、メンタリティー、いろんな要素があり、溺れるか溺れないかが決まる。
著者は、たいしたことないのの大騒ぎしている人のせいで本当に助けが必要な人に助けが及ばないことを心配しているけれど、明らかに助けが必要な人は見てわかる。本当に助けが必要なのは「足の着く場所でしょ」と無視される人たちなんじゃないか?自分が溺れていることに気付かないものだっているのに。
著者のあくどさを思ったのは毒親ブームに乗って商業誌に5つも毒親短編を掲載しておいて単行本化の時に書き降ろしを加えて「毒親なんてほとんどウソですから」と突き放す。
嫌な人だなぁ。「絶対」って言っちゃいけないけど、湊かなえはもう読みたくない。

夫の3連休の後、一日置いていつもの夫の休みの火曜日が来て、風が強くてにわか雨の恐れはあるもののそこそこ気温も上がりそうだったのでお出かけすることに。
はじめはまだ見たことのない十円玉もとい宇治平等院を見に行こうなどと言っていたのだけれど、ふいに気が変わってこちらも行ったことのない伏見稲荷に行ってみることにした。
 
朝10時に着いたものの平日なのに駐車場は混んでいる。まだまだ世間はお正月気分なのだな。


鳥居さんと楼門。


向かって左側の狛狐さん。口に鍵をくわえてます。
右側の狛狐さんは玉をくわえているんだけれども、玉は稲荷神の御霊で、この鍵はそれを手に入れたいと願う願望をあらわすらしい。


伏見稲荷というと千本鳥居だけれどその入り口。


千本鳥居をきれいに写したかったけれど難しい・・・風景写真ってホント苦手で。

伏見稲荷は、この千本鳥居を進むと奥社があるのだけれど、そのさらに先に稲荷山という山があり、山道のいたるところに個人の立てた祠がある。全部で1万基ほどあるらしい。これを「御塚(おつか)」と呼ぶそうだ。御塚に参る人のために参道に茶屋があって、軽飲食を提供していたり、参拝のための蝋燭やお札を売っていたりする。


眼力社という少し大きめのお社の横にあった絵馬掛。

途中の大きな茶屋(にしむら亭。俳優の西村和彦の実家らしい)のある四つ辻までは人が多かったのだけれど、そこを過ぎて山頂に向かうと一挙に人がまばらになった。どこも海外からの観光客が多かったのだが、私たちとほぼ抜きつ抜かれつで歩いていたのはご夫婦と中学生くらいの女の子の白人の親子だった。


山頂。稲荷山は「東山三十六峰」の一番南の山らしい。3つの峰それぞれに古墳があって、現在は御塚の中でも大きな上之社・中之社・下之社という神蹟にあてられている。

木々深く苔むした山道にたくさんの石碑と鳥居が、整然とではなく何となく乱雑にぎっしりと建てられているさまは、いわゆる「パワースポット」的な言葉で語るには軽すぎるような、静謐というよりエネルギッシュなものをより多く受け取って、人間が社会を維持しながらより多くの幸いを望む営みを思った。


こんな鳥居が・・・えべっさん(恵比須神)でなくてお稲荷さんを信仰していらっしゃるのね。

お山を下って参道をあちこち見たけれど食べ物屋さんはどこも混雑。車に戻って帰路に食事をするところを探したら、夫が前から行きたがっていた新福菜館の伏見店を発見。


初ラー。おいしうございました。

読んだ本をどうにも忘れるので、年始ということもあるし記録していこうと思う。そのうち続けられなくなるかもしれないけれどそうなれば笑ってくだされ。

1.夜また夜の深い夜 桐野夏生 △
無国籍で母と二人各国を転々と隠れて生きる少女マイコの話。「バラカ」とか、「OUT」のおしまいのところみたいな、世界のどこかの誰にも構われないところでひょうひょうと生きることがこの著者の憧れなのかな?私はそういうの怖いと思ってしまうけれど。
社会的な問題を物語の柱の一つに取り入れることが特徴の著者だけれど、この物語の場合はなんだかこじつけっぽくてあんまりうまくないな、と思った。

2.朝が来る 辻村深月 〇
「赤ちゃんポスト」のような架空の団体を結び目にして、不妊治療の果てに特別養子を希望した夫婦と、無知のために望まぬ妊娠をした中学生の出産後の人生が語られる。
それにしても、やっぱり小学校低学年のうちからきちんとした性教育、ジェンダー教育は必要だとしみじみ思った。

3.殺人犯はそこにいる 清水潔 〇
twitterのタイムラインに、Amazonプライムビデオのオリジナルドラマ「チェイス」が盗用である、という内容のtweetがいっぱい流れてくるので(著者ご本人もフォローしていて、何の使用許可も出されていないとしているので)、ドラマも見たうえで早速図書館で借りて読んでみた。
確かにこれは盗用だわ。
ドキュメンタリーものを読むのは苦手なのだが、この著者の特徴なのか小説のようなとっつきで読みやすかった。
こういう仕事をする人は独特の自己主張があるのかもしれない。終始一人称の文章なのでそのアクの強さに引っかかる人は読むのが苦になるかもしれない。先にドラマを見ていたので、「私」が大谷亮平(逃げ恥の風見さん)にイメージされて困った。
ずっと以前、「文庫X」という本が話題になって、読んでみようかな?と思いながら忘れていて、この本を読み終わってから文庫Xの中身がこの本だったと思いだして、ますます自分の記憶力の低下に自信を深めてしまった(トホホ)。

4.お願い離れて、少しだけ。 越智月子 △
1冊の「毒親本」をめぐっての、大学時代の5人組女子グループのそれぞれの母娘の物語。
そのオムニバス自体が、毒親本のケーススタディのようにチープな感じで、せっかく小説の体であるならば、5人のかかわりをきちんと綾織ることができなかったのだろうかと残念。小説ではなくまんま毒親本にしたかったのかな?