図書館でジャケ買い…じゃなくて題名でなんとなく借りた新堂冬樹の「君が悪い」。
これはひどい小説だった。主人公が他愛ない衝動でうんざりするほど人を殺し、死体の扱いに困ってどんどんバラバラにする(大阪の1斗缶はコイツの仕業なんじゃないかと思ったほど)。計8人(と1匹)を殺しておいて罪の意識を全く持たない。すべて、自分が殺人を犯さなければならなかったのは殺された人間が悪い、と言うことになるのらしい。

小説があんまり薄っぺらで、主人公の思考や感情と私のそれとが触れ合うところが皆無なので、たいていのマトモな小説なら主人公と引き比べて自分はどうなのかという内省の材料になるものなのに、ホントに何にも感じるところがなくて、ただただ暇つぶしをしたなというのが感想。

生きていくことで生じる不都合を全部人のせいにすることは普通の人間にできるのか?自分に甘い人は確かにいるし何かにつけて人のせいにする人も見たことがあるけれど、何一つとして反省しない人、自分が原因である可能性を一度たりとも考えたことのない人がいるのか?
私には想像もつかない。そんなことで生きていけるほど世の中はやさしくないんじゃないのか?

さきの戦争を侵略戦争だと発言すると叩かれる。
侵略戦争じゃない、中国が悪い、アメリカが悪い、と言う人が苦情を言って市長を謝らせたりtwitterのアカウントを停止させたりする。

リアルも薄っぺらな小説みたいに「気味が悪い」。

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