ずーーーーーっと家の中にこもってばかりでウツ道まっしぐらなので、夫に日帰り温泉がてら大宇陀の町歩きに連れてってもらった。

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↑の写真なんかすごく春っぽいけど気温4度くらい?で、手の甲に寒冷じんましん出ちゃってかきむしったのでズルズルにむけちゃったよ。温泉しみた~

1月11日。
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富雄の「三つ葉」のしょうゆラーメン。スープがあわあわでまろやか。

1月23日。
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MBS「ちちんぷいぷい」と山崎パンのコラボ。
正統なる大手メーカーの惣菜パンの味。

1月29日。
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大宇陀の「旅人」という名のお蕎麦屋さんの天ぷらそば。
ひさしぶりにおいしいそば食べたーという感じ。

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大宇陀に遊びに行くこと多分10回近く。初めて食べた銘菓「きみごろも」

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おそばやさんでお土産に買った粟餅。

おいしいものはたいへんおいしく、そうでないものはそれなりでございました。

「カーネーション」で。
戦地から帰ってきてPTSDらしき状態でひきこもりになっている幼馴染の勘助を「元気にしたろ」と、主人公の糸子がたくらみをした。
何も知らせず初恋の人(?)サエを引き合わせたところ、勘助はパニック状態になって逃げ去り、家に帰って自殺を企てる。

また「カーネーション」で。
幼馴染の料亭の若女将奈津は夜逃げをした挙句パンパンになり、糸子を含む周囲の人の助けで美容院で働くようになる。
ある時、糸子の洋装店に紳士がウェディングドレスを注文にきた。奈津と結婚するのだと言う。
糸子が紳士に「あれはそういう女ですよ(中略)全部聞いてますか?」と奈津の過去を紳士が知っているのかどうか念を押す。

・・・

ドラマで糸子を見ていると、「あーあー!そんなんしたらあかーん」とか「ちゃう!それはあんたが聞いていいこととちゃう!」などとダメ出ししているのだけれど、でも、糸子がそういうことをしてしまう気持ちはすごくわかるのだ。

多分、糸子は、周りの人を幸福にしたい気持ちが強すぎるのだ。だから、周りの人の困っていたり苦しんでいたりするサインをキャッチした時に、そのサインは全部自分に発せられたもの、自分が何とかしなければならないことと思い込んでしまうのだ。

長女で親が頼りないとああいう性格になるんじゃないのかなぁ。
私も本当にそうだから。

しかし、もういい加減わからんとアカン。
誰も私なんかに助けて欲しいなんて思わないってww

芥川賞の記者会見でゴテていた作家の人のことをこの間笑点の後のバンキシャでちょろっとやっていた。
過去の芥川賞作家の幾人かが「芥川賞を取れるような小説を書くのに才能は必要ですか?」というようなことを聞かれて、みな「必要ない」と答えていたのが不思議だった。
不思議、というか。
この人たちは多分、才能があるという前提をもっと突き抜けたところで勝負しているので、その前提の才能のあるなしに鈍感になっているのだろうなぁと思った。

最近はホントオソマツな文章しか書かないけれど(前回エントリーの指示代名詞のひどさに自分であきれた)私は文章を書くのがちっとも苦にならない人なので、昔から小論文なんか好きだったし学校では点もよくもらえた。求められている文章を与えられた字数で書くのは簡単だ。
でも私には小説は書けない。お話を作れないし、頭の中で人物が勝手に動き回ったりするような経験を持ちようもない。
そういうような脳の働きに特化しているのを才能と言わずしてなんと言うのか。

うらやましい。せっかく文章を書くのが好きなのにどうして私にはそういうノウミソがないんだろう。

今日、犬の散歩が済んだ後にテレビをつけてみたら、いかにも山家暮らしというおばあさんがアシだかススキだかの葉にアイロンをかけていた。
その後に山道を歩いてジョロウグモの巣を見つけて、木の葉かなにかにクモの糸を絡まぬように丹念に巻き取っていた。
そのおばあさんは台所の野菜や拾った木の葉やクモの糸やらそういう自然にあるものを材料にして貼り絵をこしらえるのだった。
以前作った滝の絵を再びつれあいに見せたくて、山道をのぼり滝を見に行く様子を映しながらナレーションは「○○さんは一度見た景色を写真のように記憶してしまいます」と説明しているのを聞き、またもや私はうらやましくなった。

私は絵が好きだけれど、自分に「目」がないことにいつも絶望させられる。
私の目は物を見ていてもただ流しているだけで、絵を描くのに必要なものの見方がいつもできないのだ。
模写や写生はできても頭の中に描きたい絵を作ることが出来ない。
ほんとうに絵を描くための目を持った人は有名な美大になど行かなくても誰かに師事したりしなくてもきっと次から次へと絵がほとばしり出てくるのだと思う。
私にはそれがない。

去年の暮れ。
「カーネーション」の主演の尾野真千子さんのツイートに、こんなものがあった。
※2015年1月16日現在は全ツイート削除されているようです※

久しぶりのこっち行きの電車。だんだん田舎になってきた。携帯の電波めピョコピョコしてきた。こっち行きの電車は、こっち側に座って、外眺めながら、お茶のんで、じゃが○こ食べると最高なんだ。あ~ピョコピョコしてる!あ~‼

尾野真千子さんのプロフィールから察すると、「こっち行きの電車」は私が大学通学の時に乗っていたものだ。
多分、尾野真千子さんは高校通学の時にその電車に乗っていたのだろう。
私も帰りの電車でだんだん田舎になる車窓の景色が大好きだった。
カーネーションに夢中な私としては、尾野真千子さんは北島マヤに匹敵する才能だと考えているので、時期は全然違うけど同じ路線で通学したのに、この才能の違いはどういうこっちゃとまたまたわが身の無能を嘆くのである。

しかし、「こっち側」はどっちなんだろう?
私の「こっち側」は下り進行方向右側なのだけれど。