ウチの住宅地の西側に細長い里山があって、コナラを主とする雑木林になっていた。
去年の夏ごろだったか、町内に住んでいる議会議員が配布している議会便りのようなチラシに、この里山の中に古墳が見つかったというようなことが書いてあった。

まぁ、どこを掘っても何かが出てくる土地柄なので古墳もあるだろうなどとノンキに思っていたのだが、しばらくしてピラカンサの実が色づく頃に北東に隣接するずっと使われていないゲートボール場にプレハブ事務所が立ち、工事作業車が出入りするなと思ったら2ヶ月足らずで里山の半分は素っ裸になってしまった。
南東に隣接していた畑はもっと前につぶされて駐車場にされているので多分全部つぶして住宅地にするんだろう。

調査が入った時点でつぶされるのがわかりそうなものなのにホントにうかつ。

犬の散歩のたびに目に入る、無残な禿山と、ほっくり返してごろごろ転がしてある木の根っこに悲しくなる。
人が住めるようにしたって、その上に建てる家は50年とはもたない。これから日本の人口はどんどん少なくなるのに100年たったら立ち腐れの空き家が並ぶだけじゃないんだろうか。
里山が育つのにはもっともっと長い時間がかかったのに。

人間なんてらら~ら~らららら~ら~~

 警視庁によると、平田容疑者は丸の内署に出頭する直前の午後11時35分頃、警視庁本部に出頭しようとしていた。
 平田容疑者は本部の正面玄関前で警戒中の機動隊員に「平田です。出頭しました」と名乗り出たが、隊員は本人ではないと思い、「近くの丸の内署か交番に行くように」と告げ、同署の方向を指さしたという。

 平田容疑者は「特別手配なんですけど」と念を押したが、隊員は取り合わず、一人で約700メートル離れた同署まで歩いて行った。

 隊員は「特別手配は知っていたが、髪が茶色で、写真とは違う風貌だと感じた。いたずらだと思った」と説明しているという。

読売新聞 1月2日(月)22時0分配信
取り合ってくれないのはどうもデフォのようだな。
ラフィータフィーの歌は「桶川ストーカー殺人事件」を下敷きにしてのものだけど、ストーカーやDVの被害を軽視する傾向は法整備が一応なされたということになっている今でもあんまり変わらないと聞く。

一概には言えないだろうけれど、洗脳が解けて自分から出頭している容疑者と、現にストーカーやDVしている人間ではどっちがアブないのかね?
ケーサツというところが早く、一般市民の生命と安全を守る組織になってくれることを切に願うね。

私たちは、原発を止めるには日本を変えなければならないと思っています。

「サウンドストリート」を聞いて青春を送った。

イマーノさんがなくなったあとのロキノンの別冊はすぐ買った。

カバーズ騒動のときの渋谷陽一はイマーノさんを全否定するものでは決してなかったけれど、ある距離感のあることを明確にしてきたし、イマーノさんが何かやる毎にそれを何度も確認していたと思う。

その渋谷陽一が、ロキノンがこんな本を出した。

イマーノさんの言ってたことが正しかったとか、そんな薄っぺらなことではないと思う。
ただ、「こうなった」事態を真剣に受け止めて何かをなそうとすれば、1音楽出版社としても何か踏み出さなければという思いがきっとあって、それがこの本の出版になったのかもしれない。

(私にとっては)ちと高価な本だけれど読みたい筆者も何人かあるようだし買おうかな。

あけましておめでとうございます。

毎年、元日はとても調子悪い。お酒を飲んで気持ち悪くなった時みたい(飲まないのに)。お雑煮や祝い膳(のようなもの)を食べて犬の散歩行って、ちょっと実家に顔出しして、帰宅してこたつで寝てもやっぱり調子悪く、それでも、夜はおせちを食べたのだけれど、そもそも2人暮らしには多すぎるおせちを無理やり食べたからもうお腹が苦しくて胃がこなれるまでまたコタ寝。寝る前はのどがものすごく痛くなってきてインフルエンザだったらどうしようと思ったけれど、一晩寝て今朝になったら治ってた。
今日もだるい。夫も初売りで出勤で、朝から土砂降りのみぞれが降って道がびしょびしょになって犬の散歩もいけなかったのでだらだらすごした。
昼前に道の水が少しはけたので犬の散歩に行ってそれだけで疲れちゃったので昼からはまたコタ寝。テレビをちょっとつけたら箱根駅伝でエラの張った走者がわっしわっしと坂を上ってたけど眠いのでテレビを消した。
起きて犬に定時のミルクをやってネットニュースを見たら往路新と区間新だったんだね。

元日に調子悪くなるのは、昔みたいにおせち作ったりしなくてもやっぱりおしせまるまでなんだかんだ忙しくて体弱ってるところへ食べすぎになったりするからなんだろうな。

子どもの頃は、いやつい最近まで、お正月は楽しみだった。
とっておきのおいしいものを食べること、お正月らしいお出かけをすること、家族であたたかく過ごすことが楽しかった。
…ここ数年からその気配はひたひと迫ってきていたのだろうけれど今年はっきり気づいた。お正月はちっとも楽しくない。
ごちそうはおいしくない。初詣にも行かないし初売りも興味ない。テレビはほんとにつまらないし体はくたびれてる。

友達は「こんな時代だからこそ楽しいことを探そう」と年賀状に書いてきてくれたけれど、今より来年、2年後…5年後と過酷になるのが決まってるのに私に楽しいことなんか探せるのかなと思ってしまう。

ウツかな?ウツかもな。

11月の頭にスカパーe2の16日間無料放送をお試しで申し込んでみて、その時にちょうど映画の「告白」をやっていたので録画して見た。
主人公が教壇から衝撃の告白をすると、それを聞いていた生徒たちがまるで聞かなかったかのように異様なはしゃぎ方をして見せた。
受け止めて真剣に考えなければならないことが世の中にはたくさんあるけれど、それをするチカラのない人たちはしばしばはしゃいだり笑ったり攻撃したりしてそれをなかったことにしようとする。
映画のこのシーンを見たとき、現実にあるこの困難を見てみぬふりをする大勢の大勢の人たちとかぶって、私は腹が立った。

私は考えることをやめたくない。めんへらで弱い人間だけど目をそらすことは恥だと思ってる。それが私の人生を楽しくしなくても避けたくない。逃げたくない。