「自力で生活できない人を政府が助けてあげる必要はない」38%
↑中村和夫オフィシャルサイトのブログより

ナマポという言葉を最近ネットでよく見るのである。
生活保護受給者のことを蔑みをこめて呼ぶ言葉らしい。

前にどこかに書いたけど、嫉妬心には2種類あって、うらやむ相手を見返そうとする「ジェラシー」と、うらやむ相手をおとしめようとする「エンビー」があるそうだ。
で、日本人の嫉妬心は近年富に「エンビー」型になってきているんだと。

金があるくせにオレタチの税金から無駄遣いしやがってけしからん、そんなヤツはめちゃめちゃになればいい!
…あの芸人さんに対してそういう思いなのかな。

誰かが楽していい思いするのが面白くないというのは、裏返せば、自分が楽でなくてちっともいい思いをできてないからなのだ。

そりゃそうだ、おにぎり1個しか持ってないのに、横に3日飲まず食わずの人が通りかかったからといって、ハイとそれを差し出せるものか。
おにぎり2個だったら分ける人もいるかもしれないけれど、明日のおにぎりの保証がなかったら躊躇する人もいるだろう。

おにぎり3個とか5個とか持ってて初めて、人は他人におにぎりを笑顔であげられるものだ。
今の日本人は、本当に圧倒的に多くの人たちがおにぎり1個しかもっていないのだ。あるいは、おにぎりを3個持っていても明日は自分のおにぎりも危ないとわかっているのだ。

人間は一人で生きていける生き物ではないから、おにぎりを余分に持っていたら分けるのが当たり前。おにぎりを分け合えることで私たちは命をつないできたし社会や文化を創ってきたし「人間らしさ」をそこに見出すことで自らの価値を認めてきたのだ。だから上のブログにもあるように世界中の多くの国で9割以上の人が当然のごとくそう考えるのだ。
それを日本人ができないというのは、日本人がいかにケダモノのような生き方を強制されているかの証なんじゃないだろうか。
たった1個のおにぎりの取り合いに汲々してる。
その争いをほくそえみながら見ておにぎり100個あるいは10000個食べてるヤツのことなど考えもしないで。

生活保護予算とほとんど同額の援助をおねだりして、お客様には大威張りで値上げを通告して、実は15兆円って資産があるのにちっともそれをさばこうともしないで、社員の冬のボーナスも来年の給与アップも予算組みが済んでるような会社の方が、よっぽど恨み甲斐のある相手だと思うんだけれどもね。