すんません。またサボってて。って誰に謝ってる?誰も期待なんかしてないさ。

イカリソウの、スリット鉢以外の鉢に植えてあるもの全部植え替える、という勝手目標を立てて邁進しておりまして、週で20鉢以上(ウチのパソコンの辞書、むちゃくちゃな変換ばっかしてムカつくわ壊してやりたくなる!)やってるんですけど、その間に台風27号がめちゃデカイというのでトラウマ炸裂している母が、何度この辺りには絶対上陸しないからと繰り返し理を尽くして説明しても次の日にはまた同じように30分以上愚痴を聞かされたりしててドウツにはまっておりまして、その後も片頭痛→風邪→片頭痛→また別の風邪(今ここ)といったドツボ健康状態にはまってて、ネットでグチグチ独り言書いてると余計落ち込んでやるべきことができなくなるので避けてたわけさ。

イカリソウの方はあと緊急なのが11鉢のみになった。他にも植え替えたいのもあるけどそこまではいけないかな。雪割草は手付かず。2日くらいあれば何とかなると思うので11月中にはなんとか手を打とう。

山本太郎の手紙のこと。
私はけっこうおもしろいことだったなと思った。
私のようにテンノーセーなくなっちゃえよみたいな人間でも、生まれて半世紀というお年頃なので、頭のどっかにはああいう行為を見て「不敬」と感じてしまうようなところが振り払っても振り払ってもある。
もし私が山本太郎だったら、ああいう行動は取らないんだけど、その理由はもちろん、天皇は象徴であって政治的存在じゃないから、汚染地域の子どもたちのことや原発作業員の待遇について天皇に言っても何もできないししてはならないとわかっているから、なのだけど、やはり0.1%くらい「不敬」という文字が頭を掠めてしまうということを思いっ切り否定したいけど認めざるを得ない。
ところが、38歳の山本太郎は、そういうことを考えずにただ単純に手紙を書いて受け取ってもらおうと思っちゃったのだ。
私が中学生になったころに生まれた日本人の中に、国民の一人が天皇に手紙を渡すという行為を、人が人に手紙を渡す、というだけのこととして、とらえることができる人がいる、ということなのだ。
そして、山本太郎みたいな人は多分そんなに少数派ではない。彼より若い世代はましてそうだろう。
人の世に、差別や階級があるとうれしい人たちは目くじら立てて怒ってるしそれはそうだろう既得権がおびやかされるんだからとも思うが、「不敬」感のない世代が存在し増えていくとすればそれはそれで社会の進歩なんだろうな。まぁ、太郎さんにはバックラッシュにつぶされないように今後は自重した方がいいとも思うけど。

131103
ずいぶん前の(10月14日の写真)キイジョウロウホトトギス。
やっぱ、葉っぱは悲惨だけどちゃんと咲いてくれた。ありがとう。

あ、今日は手塚治虫の誕生日だったね。マンガの神様ありがとう!