47Newsより

称徳天皇朝賀の旗ざお穴見つかる 平城宮跡、続日本紀に記述
 奈良市の平城宮跡にあり、奈良時代後半に称徳天皇の宮殿だった西宮から、元日朝賀などの国家儀式で使われた旗ざお「幢旗」を立てたとみられる七つの柱穴が2列見つかり、奈良文化財研究所が6日、発表した。

 歴史書「続日本紀」によると、西宮では称徳天皇が765年に元日朝賀を、法王の弓削道鏡が769年1月に拝賀を受けており、同研究所は「幢旗の穴とみられ、奈良時代後半の国家儀式の様相を明らかにする成果」としている。

 西宮は奈良時代前半に大極殿があった場所で、復元された大極殿の南側約50メートルで出土した。

称徳帝と道鏡で、穴にさおだなんて・・・まぁ♥

っていうか、オレ芸風かえたのか?だいじょぶか?
いや、しょーがないんだよ。
トイレット博士やがきデカ読んで、全員集合で育った身としては。
話し違うけど、ビッグコミックオリジナルに載ってる山上たつひこ原作の「冷馬記」は笑いのツボがまるでわからなくて毎回どうしよーかとうろたえてしまう。年取ったからか?

 
 

閑話休題。

しかし、平城宮跡を穿り返して調べてるのは、やっぱ自動車道を通すことの関連なのかな。何が出てくるかわからないのにむやみやたら開発したらアカンわ・・・などとまじめぶったことを書いて取り繕ってみる。

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今年の初花の雪割草。
紅すだれと大紫の子。初花にしては大きめで押し出しが強い。
明日もまたさぶそうだ。もうお水取りなのにヤダ。

・・・夫が午後から出勤で、午前中にホワイトデーの買い物をしに行かないといけない。

実は今週の月・火の休みのときに行くはずだったんだけど、行くつもりにしているケーキやさんが月曜日定休で、火曜日の朝から出かけたものの、行ってみると「ひなまつりで臨時営業しましたので本日振替休業いたします」との貼紙が。
世間は3月3日はひなまつりで、オジョウチャマのいるご家庭ではおひなさまケーキを買ったりするのだった。子どもいないとこういうところ疎くなってしまうもんだ。道理で、月曜日はどこでもケーキ屋の駐車場が混んでたのだ。

夫は今年また転勤でホワイトデーにはもう籍が移ってしまうので早めに買って、チョコレートをいただいた職場の女性方にお返ししたかったのだけど、ひきつぎやらいろいろあるらしく、来週はもう休みがないので、明日しか日がない。

夫一人で買い物ができればいいけれど、とにかく「決める」ということができない男なので(これも脳のクセで、目に入る情報を整理できないのだ)、私は財布役と監督で付いていかないといけない。

残念~
せっかく大阪まで来てくれるのになぁ。

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蓮月が咲いた。この色いいなぁ。

とあるスーパーのパンコーナーにて。

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・・・目を疑っちゃいましたよ。
まあ、ここは関西だけどね。

この商品は去年までは、商品名が改行されていたようだ。
なぜ包装デザインを変えたのか、そこになにか恣意は無いのか。

今日は雨で、↓↓なので犬の目薬終わったら寝ることにする。

(でかけた・・・って言っても徒歩5分ほどなんだけどね)

大雪の降った2月14日の2日後の16日、上牧町の久渡2号墳の現地説明会に行ってきた。

朝9時ごろだったので人は少ないかと思っていたらご近所の人がたくさん。でも、最寄り駅から歩いてきたらしき完全装備の(ほとんどトレッキングのカッコでした)人なども見受けられた。

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実際住宅地の隙間から木々が伐採された丘に登ると、雪どけがぬかるんで足下の悪いこと。念のためウォーキングシューズを履いてきていたけどトレッキングシューズの方がよかった。

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開口部が真南を向いている横穴式の石室。

久渡2号墳は久渡古墳群の一番南にある古墳で当初考えられていたのと違い7世紀半ばごろに築造されたものらしい。
(だから高市皇子の墓ではないということみたい・・・)
周溝をめぐらせた立派なものであること、馬見(うまみ)古墳群から離れて単独に位置していること、久渡古墳群が4~500年の間特色ある古墳がいくつも作られてきた他に見ない古墳群であること、それに加えて、近年は絶えてなかった新発見の飛鳥時代の古墳であることなどから、今後の考古学の研究上重要性がある古墳と言えるようだ。

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画像ではわかりにくいけど、石室の床面は凝灰岩(本来は白い)が厚く敷き詰められているらしい。石室の側面と天井石には輝石安山岩(赤い石)の自然石が使われている。画像の右手、大きな丸い石がその赤い石で、これは非常に硬く、中世以降、築城などに用いるために石室から9割ほどの石が盗まれたらしいのだが、天井石や側面の石のほとんどが盗まれてもこの大きな丸い石はその大きさと硬さのために盗めなかったのだろうとのこと。
床面が白い石、天井と壁が赤い石という豪華な造りの石室は他になく、また凝灰岩は香芝市の高山石切場遺跡から、輝石安山岩は王寺町の明神山から切り出されたものと見られることから、3~4kmの距離重い石を運ぶ労働力を確保できるだけの有力者の墳墓であろうとのお話。

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羨道部の床面。須恵器の破片が散乱している。
須恵器は、祭祀に使われた後わざと壊したもので、他に用途はわからないが飛鳥時代の平瓦が多数出土していたそう。

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画文帯神獣鏡が割られちゃった3号墳のある丘から南面の2号墳をのぞむ。
規模は全然違うけど、この丘はきっとエジプトの王家の谷みたいな有力者の安息の地だったんだろうと思うんだけど、今は小規模開発を繰り返して、ここに入ってきた車が必ず迷うようなせせこましい住宅地になっちゃって、もし霊のようなものがあるなら(いや無いがw)きっと面食らっているものだろうと思われ。