やはり、也々がいないので、1日時間を持て余しています。
6時におしっこをさせなくていいので起きなくていい。以前は7時前後は怒涛だったけど、目薬もご飯もないので人間の朝ごはんの後片付けだけしてればいい。いつもどおり割と時間のある午前中は家事をしても、合間合間で也々の様子を気にかけなくていい。お昼のおしっこもさせなくていい。13時半になればそろそろお昼ご飯とスープ取りがあるからどんなに寝不足でも昼寝も出来ないけれど今はグースカ寝ていられる。15時にお散歩にも行かない。17時におかゆを炊かなくてもいい。18時、人間の晩ごはんの支度の合間におしっこをさせなくてもいい。19時の目薬もなし。20時に人間のごはんをひとりそそくさ切り上げて晩ご飯を上げなくてもいい。食後しきりと、座布団やラグをなめたがる犬をしからなくてもいい。22時、寝る前の水分補給を気にかけなくてもいいし、おしっこもさせなくてもいい。2階の寝間に上がる前に部屋を十分あたためておいて、犬に寒い思いをさせないように気遣うこともしない。犬を抱き上げて、転ばないように落とさないように階段を上がって、寝間のケージに横たえて、毛布をかけてあげなくてもいい・・・

9日たっても、死んだ晩のことを思い出すと嗚咽がこみ上げてきて、獣のような声で泣かずにおれません。冷凍庫を開けると、50gに小分けした鶏の胸肉のストックが目に付いて、何も食べられなくなってしまったあの「いやしんぼ」のつらさが胸に刺さって。お風呂場には、犬の足を洗うための石鹸が、これは新しいものをおろして数日しか使えなかったのでまるまるとしたまま置いてあって、3月3日の最後のお散歩の、息切れのひどさに3歩ほど歩いては立ち止まってしまう様が思い出されてまた・・・
目に付くものは片付けたのに、也々が14年暮らした証が家の中にどこにもここにも残っていて、悲しみと心臓をえぐられるような後悔に現在の私は抗うことが出来ません。

9日に、所在無くて買い物に行って、100均と大きなスーパーのどちらでもかかっていた曲が、星野源の「SUN」で、これはマイケル・ジャクソンのことを歌った歌らしいのだけれど、出だしの歌詞が、3月5日の私たちと重なって(あの日朝から青空だったし、ウグイスの初音を聞いたので)、家に帰ってからGYAOで動画を見てその日ずっと音が頭の中でリフレインしていて、翌日にレンタルCD屋さんに行って収録のアルバムを借りてきました。

紅白で聞いた時は、ただ「いい歌」としか思わなかったのに。今はこの歌は忘れられそうにない。

160310
3月10日のヒメリュウキンカ。也々は私の太陽。

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