pcデスクのすぐ横のドアにはすりガラスが8枚入っているのだけれど、その中の1枚にアブラ染みがついてしまって取れない。この間から気になっていて今日は意を決して拭いてみたのだけれどやっぱり取れない。
ググって「脱脂スプレー」というのがいい、と書いてあったけれど、それをわざわざ買って使っても取れなかったらもったいないので他の方法を調べたら燃料用アルコールに同等の効果があるらしい。
で、前に何かの染み抜きに使うので買ってそのまま忘れてたそれを発掘してきて拭いたのだけれど、薄くはなったけれどやっぱり取れない。
これは諦めるしかないのかな。

掃除にしても、洗濯にしても、生きていくのに支障がないレベルのことしかできない。それはそういう貧しい環境で育ってきたからだ。母もそうだ。母がそうだから私もそのレベル以上のものが他所の家庭ではもとめられるものだということを知らずに育ってきたのだ。それに、面倒くさい家事に使う時間は最小にして自分の心地よいことに時間を使いたいという欲望に忠実でありたかった。
で、その方式で自分の家庭も維持してきたけれど、だんだんそれ以上のことが必要になったり、家事のレベルを上げることに肯定的な意味を知ることとなったりして、そしてこの便利な世の中はそのレベルアップを後押ししてくれる知識も道具も手に入りやすいので、私も遅々とした歩みではあるがちょっとずつ家事のレベルが上がっているのかもしれない。

まあ、がんばりましょう。私にはまだまだ伸びしろがいっぱい(笑)。


長居植物園で咲いていたボタン「春日山」。
これは寒牡丹や冬牡丹じゃなく、ただ間違って咲いちゃったんだろう。
オオデマリも咲いていたりして変だった。
長居植物園はあの台風でたくさんの樹が倒れたりねじ切れたり折れたりして、多くのエリアが進入禁止のままだ。とても悲しい。痛い。

追記:調べずに書いちゃったけど、「春日山」という品種は寒牡丹(二期咲き)らしい。
ごめんなさい。


初めて見たカモ。ホシハジロ。

今日は大阪の長居公園にある自然史博物館の年に一度のイベント「自然史フェスティバル」に行ってきた。
日本野鳥の会大阪支部主催の初心者向けバードウォッチングに参加した。
11月中旬も終わりなのに暖かすぎるので渡ってこない鳥も多いらしくて、見られた鳥は少なかったけど、カラスと追いかけっこするオオタカも見られたし、このホシハジロも初めての鳥だった。

フェスティバルのブースは魅力的で楽しんだ。欲しいものがあんまりたくさんありすぎて(鳥の卵の形のバードコールとか、カエルの柄のポーチとか、魚の骨格標本に色を付けて樹脂に封じてあるのとか、鳥の図鑑とかあれこれあれこれ・・・)訳が分からなくなっちゃって何にも買ってこれなかった。
帰宅してtwitterで自然史フェスティバルを検索したら、私たちが見たブースじゃない写真がいっぱいあって、一部しか見てこなかったことに気付き愕然。夫が最近大好きな鉱物のブースもあったようだ。私も植物のブースが何でないのかな?と思っていたので地団太踏んだ。
これは来年も行かなきゃ。

やっぱり私は生き物が好き。

トイレと洗面所の換気扇が汚くなっていたので掃除した。それからまだ出しっぱなしだった寝室の扇風機も掃除して片づけた。
トイレにはセラミックファンヒーターを置いた。トイレでおこもりして本を読む夫のためである。

この間の熊野古道で農家のおばちゃんが自家製のラッキョウを売っていて、ラッキョウ好きの夫が買った(私は臭いがどうしてもダメ)。
リクエストで近日中にカレーを作ることになっていたので今日はカレー。

家事を終えてから「大恋愛」の録画を見て、母からの定時連絡も終わったので、昨日TV放映途中で切り上げてしまったハリポタ「死の秘宝」part1の続きをDVDで見て、まだ時間があるのでpart2を続けて見ながらこれを書いている。これからスネイプの記憶を憂いの篩で見るところ。


公園の皇帝ダリア。あちこちで今盛り。まだしばらく楽しめそう。ヒイラギの花の香りもあちこちで。

古い電気ケトルを片付けていたらケトルを置いているカウンターが気になったのでいそいそと掃除をした。
この間から新しいものが入るたびに局所的に掃除をしているので台所はとりあえず大掃除をしなくていいだろう。

洗濯物を干していたら宅配の車が来て慌てて受け取りに出た。
新しい電気ケトルは古いのと全く同じ機能のものだが古いのよりもスタイリッシュになっててなかなかよろしい。

10時ごろ夫からメールで、昨日着てたブレザーに仕事用携帯が入っていないかという問いだった。
入ってた。
職場までバイクで走って届けてきた。帰り道にコメリで庭の水やりホースのノズルを買った。この間からひょんなはずみで水が止まらなくなって苦労してたのだ。

帰宅してお昼を食べてから近所のディスカウント店まで。帰ってきて少し本を読んでたらまた眠くなったので眠ったら10分ほどで夫からメールで起きちゃった。

昨夜洗って干した敷きパッドが乾いているだろうとベランダに取り込みに行ったら・・・洗濯かごが放置してあって中に干されていない洗濯物が。
そうだった。宅配さんが来た時に慌てて下りてそのままだった。
そういえば、ディスカウント店に行って紅茶を買ってこようと思っていたのにそれもすっかり忘れていた。
この頃こんなことばっかりで、一度に済ませばいいような用事を必ずと言っていいほど忘れて、階段を上ったり下りたりしている。家の中にいるだけでも万歩計の歩数をかなり稼いだりする。喜ぶべきか悲しむべきか。

家事の合間に「真実の10メートル手前」という本を読み終わった。
あえてわざと、こういうキャラクターを書いているのだろうが、私にはちょっと、「太刀洗(たちあらい)万智」という主人公が胸にしっくり入ってこない。人間性が判らない、というか。
太刀洗に関わる作中の人たちと同様に、彼女の表情のなさ、発する少なすぎる言葉がすべてあまりに不親切ななぞかけ?問答?のようなものであることに戸惑ってしまい、「でも違うんだよね、あなたは本当は感情豊かで限りなくフェアなんだよね」と味方になってあげられない。
作りごとのお話を読むのに、リアルでは得難い、「私だけはあなたを知ってるのだからね」という親密感は私にとっては大切なご褒美であるのに、太刀洗からはそれが全然得られないことがフラストレーションで、短編を読み進めても結局そのままに終わってしまった。
予約している「王とサーカス」を読んだら、そこに触れることができるのだろうか。


公園のセロシア。

昨夜の晩御飯後、コーヒーを入れようと電気ケトルのスイッチを押して、別のことをしていてもう沸いたころと台所に戻ったら、お湯が沸いてなかった。
スイッチを押すとオレンジ色の光が点灯するのだけれど点かない。
夫がいじくりまわしているうちに点いたので(その間にやかんでお湯を沸かした)、翌朝は大丈夫かしらんと。
で、今朝、水を入れてスイッチを押したらちゃんと点灯したのでよし!と思っていたら、お湯が沸く前になぜか光が消えてしまった。もう一度押したら沸いた。
夫が起きてくる前にもう一度お湯を沸かそうとすると今度は点かない。何をどうしても点かない。完全に死んでしまったよう。
買って8年になるようだった。それってどうなの?これはハズレなの?と思い調べてみたら、1年で壊れたとか3年でダメになったとか、かなり寿命が短いようで、ウチのはアタリだったの?
それでもやっぱり、ガスでお湯を沸かすのは不経済だし、電気ポットもやはり不経済だし、それと内側がプラスティックになってるTファールのとかは気持ち悪いので同じメーカーのを買うことにして(Zo印のはいつもハズレるのでイヤ)家電量販店に見に行ったら尼の方が全然安くて結局また尼で注文したのだった。

やかんは夏に麦茶を入れるための小さなアルミのやかんだけど、こんな時は重宝するものだ。

午後は「さよなら妖精」の続きを読みながら眠くなって30分ほど昼寝。晩御飯の支度をしてからまた読んでさっき読み終わった。なかなかよかった。


公園のバラ「カクテル」。