六甲高山植物園に行ってきた。


つーっと飛んで着地して、とことこ歩く。
「道教え」のハンミョウさん。


前から見ると、なかなかコワモテ。

午前3時ごろ、なぜか豪雨のピンポイント攻撃に遭い、ものすごい音で目が覚めた後寝付けなかったので、4時ごろから内職をしていた。

洗濯して干して夫を送り出してから実家までバイクで行ってきた。先日大阪で買ってきた車麩とか、尼で注文した台所の排水口のゴミ受け(ずっと近所のホームセンターで買ったサイズの合わないものを無理やり使っていたので)と菊割ゴムとか、父に処分品の楊柳地のステテコ(来年用)とか持っていくものがあったので。
それから山麓線のパン屋で母の好きなカレーパンと父の好きな焼きそばパンも買った。年寄りたちは昼食と称して朝10時くらいにパンを食べるという特異体質?なので(ちなみに夕食と称して午後2時前に食事をする)。あ、これ敬老の日のパンだからね、とお安く済ます。
寝てないし、天気もあんまりなので、10時過ぎには実家を出て帰路へ。山麓線の特に葛城古道のあたりは数人ヒガンバナと棚田目当てのカメラマンさんがいた。ヒガンバナは咲き始めで初々しくてよい。雨に降られたらと思ってカメラを持ってこなかったけれど撮ってみたかった。

帰宅してお昼を食べてからまた内職。集中力が切れてきたので2時ごろやめて昼寝しようと横になったが、つい本を読んじゃって寝なかった。「選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子」読み終わった。

私は何の経験もないのでなんでも一番卑近な也々のことになぞらえて話をするけれど、也々を手に入れる前にもし也々が将来目が見えなくなること、重篤な腸の病気を発症する可能性のあることなどわかっていたら、それでも喜んで諸手挙げて也々を迎え入れたかというと全然わからない。「じゃあいらないや」ってなったかもしれない。
でも也々と暮らして、白内障を発症した時は目の前が真っ暗になったけれど、だから也々をどうかしようなんて選択肢は全然なかった。ただただやれることを一所懸命やろうと思った。オシッコやら肝臓やらあちこち悪くしたけれどその度、何とかしよう、頑張ろう、と思った。

出生前診断を受けて子どもの障害がわかったときと、障害はないですと言われ障害のある赤ちゃんを産んでしまったときと、その赤ちゃんの闘病を近くで見た上に亡くしたときと、同じ人間がそれを経験したとしてもその人のその時出す答えは違うものだろうと思う。それは矛盾というのではなくて人間はやっぱりその場その時に自分が置かれないと答えがわからないものだろうから。
だから私は、この本を読んでもやっぱり自分がどう考えるべきかわからなかった。障害のある胎児だった場合中絶するつもりで出生前診断を受ける人を非難することもできないし、でも、そういう流れがあることで現に障害を負っている人とその家族が傷つくという事実も見過ごせないし。
女が産まない自由を選択できることと、どんな人も生きる自由を尊重されることと、どちらも成り立つ世の中にはどうしたらなるのだろう。

最後に少し、強制不妊手術の話が出てきていて、私は勉強不足なので最近ニュースになったような様々なニュースについてもろくすっぽ知らないけれども思い出したのは映画の「あん」のようなハンセン病の患者さんたちに強制的になされた手術のことだった。
樹木希林さん、コミカルな昔のドラマも大好きだったし、骨太なヒューマンドラマにも数多く出演されていた。今ふと思い出したのは日テレ系で昔放送された「明日 1945年8月8日長崎」というドラマ。映画化もされているけれど井上光晴の小説が原作で、8月8日長女(大竹しのぶ)の出産と次女(富田靖子)の結婚で大忙しの母親役がとても印象的だった。


YouTubeにあった。

「万引き家族」観たいのに観に行けてない。観なければ。
ご冥福をお祈りします。


昨日、櫛田川にかかった潜水橋に下りてみたら、川岸に咲いてたヤブラン。

今日は、三重県の多気町というところにある「コケコッコー共和国」というところにお昼ごはんを食べに行く、という目的のドライブに行ってきた。

東吉野から高見トンネルを抜けて飯高方面に出て多気町へ。
途中、大好きな飯高道の駅に寄って「でんがら」という郷土のお菓子を買い食いした。ほうじ茶でんがらという新商品だった(写真なし)。作りたてみたいでおいしかった。
コケコッコー共和国には「よって亭」というご飯処があって、卵かけご飯と鶏肉の網焼きが名物なので、卵かけご飯を銘々に、網焼きは親鶏と若鶏を1人前ずつシェアして食べた(これも写真なし)。ちょっと飛んでるハエが多くて怖かったけど(ハエ苦手)おいしかった。卵かけご飯はご飯は盛り切りだけど卵はお代わり自由(変だ)なのだったが、初めにお鉢に卵が7個ほど入ってテーブルに来たので、私は2個、夫は3個卵を使って2個余った。余ったものは残してきて、食事後隣の売店で卵を別に買ってきた。

帰りは来た道をそのまま戻った。
いつもならあっち方面に行くときは旧伊勢街道と並行して走る国道368号を通って帰ってくるのだけれど、お山がガスっているので途中の山越えが怖くてやめてもらったのだが、後で分かれ道のところに「368号は路肩崩落で通行禁止」の看板が立っていたのでどっちみち通れなかった。やはり台風の爪痕はまだあちこち残っている。

山間部は稲刈りが済んでいるところもあり、宇陀のあたりはいままさに稲刈中だったりして、お山の秋はやっぱり早い。あちこちヒガンバナが咲き出していて暑い一日だったけれど秋はやっぱり来ているんだな。


途中寄った「茶倉道の駅」というところの展望台への階段の横にあった赤いキノコ。「アカタケ」というやつかな?

内職をちょっとずつしている。まあデータ入力の仕事なんだが。
久しく賃金の発生する労働をしていなかったのでなんだかうれしい。いろいろ考えちゃって昨夜もあんまり眠れず。明け方4時から5時半くらいまでが一番熟睡できたかな。

過集中しないように、ほとほどに。庭仕事もしなきゃいけないし読書もしたいし、ここも頑張って書きたいと思うので、あんまりチカラを入れずにまんべんなくやりたい。これも修行の内じゃ。

昨夜、関西地方は4日の生放送の時台風で放送されなかった「うたコン」を見た。
星野源の生放送の時の歌はたいていひどいので期待していなかったんだけど、昨日は星野源にしてはなかなか頑張っているなと思った。ボイストレーニングしているらしいからそれでかな?
才のある人なのにまだまだ自分を磨こうとするのだ。
比べようもない人生だが、私も頑張らなくちゃね。

「アイデア」という曲を生放送でやるときはテレビ局側の裏方さんたちにすごく働いてもらわなきゃいけないのだろう(間奏でのダンサーの人たちにカメラを振っておいてその間に弾き語りステージに移動してもらいギターを渡しカメラをぐるっと回し、弾き語り部が終わったらまた本ステージにカメラを戻し、サビ途中でマリンバを出し最後に銅鑼を出し・・・みたいな)。
星野源が今や視聴率をとれるスター歌手になっているからこういう労力も割いてくれるんだろうな。


いただき物の朝顔のひとつ。マルバアサガオの絞り咲。

昨日の夜の予報では一日雨のはずだったけれど朝になったら曇りに変わってたので、大慌てで内科に薬をもらいに行って銀行の用事を済ませて買い物して帰宅した。

昨夜は全然眠れなくて4時に起きてきたんだけど、ほんの数ページ残っていた宮部みゆきの「この世の春 上」を弁当を作り終えてから読み終わった。
下巻の方はまだ図書館の順番が回ってこないので読めない。解離性同一性障害の出てくる時代劇なんてすごいな。昔読んだジェームズ三木の小説(NHKで大竹しのぶがヒロインのドラマ化があった)を思い出した。
読書メーターや尼ではあんまり評価はよくないみたい。でもとりあえず下巻が待ち遠しい。

今日からちょっとした内職を頼まれて午後はそっちをやっていた。微々たるものだけれど現金収入うぇるかむなのだった。夫も来年は定年だしね。

夕方から雨。水やりをしなくてよいのでこちらもうぇるかむ。


なんかハイキーに写っちゃったけど洞川のクサボタンの花。
ウチのクサボタンは今年も咲いてくれない。