5.わたしをみつけて 中脇初枝 ◎
・・・またやってしまった。これも読んだ覚えが。
以前、NHKのドラマで、「てっぱん」の瀧本美織が孤児の准看護師の役のドラマをやっていたのを何となく見ていて、うわ~こんな暗い人間も演じられるんだ、とビックリした。
夏ごろに、例によってAmazonプライムビデオで「きみはいい子」という映画を見たのだが、小学校教師が虐待を受けているらしき生徒を気に掛け、でも粗暴な親を恐れてなかなか動き出せず、でも生徒の住んでいるアパートについ足を向けてしまう・・・といったシチュエーションが、入院患者に頼まれてアパートに虐待の様子を伺いに行くというドラマの筋と似ていて妙な既視感があり、後でググってどちらも原作者が同じで1つの物語を別の小説で書いたものだと知った。
それで改めて図書館で「きみはいい子」と「わたしをみつけて」を借りてきて読んだはずが「わたしをみつけて」の方を忘れてたという・・・
「わたしをみつけて」も「きみはいい子」も、人間のダメなところ嫌なところもきちんと描きつつ、その中の光明をはっきり見せて、読む人に力を与えてくれる小説だと思う。「きみはいい子」の映画もお勧め。

6.ポイズンドーター・ホーリーマザー 湊かなえ 〇×
小説としては上手だと思う。でも認めがたい。私は嫌い。
湊かなえは「告白」を読んだ時から後味悪く、その後「夜行観覧車」や「Nのために」などを読んだが「夜行観覧車」が多少マシと思えたくらいでやはり読後感の悪さ、人間の信頼を鼻で笑って貶めるような、エナジードレインしていくかのような物語性がどうしても好きになれない、というか嫌い。
こういう感じのミステリーを「イヤミス」というのだそうだが、いろいろ書いた中にこういう著書もいくつかあるというのじゃなしに、こういう話しか書かない、というのはどうなのだろうか。表現者が表現するものは自分の内面からいづるものだと信じている私がおめでたいのかもしれないが・・・
題名で、あ、毒親モノなのかな?と思って手に取った。これも先日読んだ「お願い離れて、少しだけ。」と偶然同じでオムニバス、というかいわゆる「毒親」と娘のかかわりにまつわる短編集になっている。
6つの短編のうち、最後の「ホーリーマザー」だけ書き下ろしなのだそうだが、ここで著者は「毒親」について全否定して見せる。

「(前略)毒親に支配されている人を、海でおぼれている人に例えて考えてみてよ。マリアはかなり沖で激しい波に飲み込まれて、息も絶え絶えに苦しんでいる。弓香は、浅瀬でばしゃばしゃもがいているだけ。本当に溺れていると思い込んでいるんだろうけど、ほんの少し冷静になれば、足が届くことが解るのに、気付こうともしない。先に助けなゃいけないのはどっち?なのに、浅瀬の弓香が助けて助けてって大騒ぎしていると、本当に大変な人が溺れていることに気付いてもらえない。(後略)」

これは、浜辺で海の様子を見ている人が言っては絶対にいけない言葉ですから(笑)。
沖で溺れようが、足の着くところで溺れようが、溺れるのは同じ。人は膝までの深さの水でも溺れる。水の深さ云々ではなく、その人が泳げるかどうか、その時の体力、メンタリティー、いろんな要素があり、溺れるか溺れないかが決まる。
著者は、たいしたことないのの大騒ぎしている人のせいで本当に助けが必要な人に助けが及ばないことを心配しているけれど、明らかに助けが必要な人は見てわかる。本当に助けが必要なのは「足の着く場所でしょ」と無視される人たちなんじゃないか?自分が溺れていることに気付かないものだっているのに。
著者のあくどさを思ったのは毒親ブームに乗って商業誌に5つも毒親短編を掲載しておいて単行本化の時に書き降ろしを加えて「毒親なんてほとんどウソですから」と突き放す。
嫌な人だなぁ。「絶対」って言っちゃいけないけど、湊かなえはもう読みたくない。