・・・いや、先ほどから雨がものすごくなって風は去ったのに今更かよ!という状態。日付が変わるころには止むのだろうが。

実家の方も突風は吹いたものの被害はなかったようだ。我が家も南側が高いのが幸いしてご近所からの落下物はあったけれど無事だった。ご近所はベランダやカーポートの波板が飛んだりアンテナが落ちたり被害のあるお宅が多い。

twitterに投稿された動画を見ていたらあまりの被害。やはりこれだけの低気圧で直撃というのはこれまでの見聞きをはるかに上回る威力だった。亡くなった方、怪我された方、さまざまな被害、心が痛む。

弔事の返礼品でカタログギフトをいただいた時に、多機能の時計と引き換えた。気圧計がついているのが魅力だったから。登山の時に夫に着けてもらっていたのだけれど、前回の台風の時に気圧をはかるのだった、と後悔していたので、今回ははかってみた。


この何分か後に962hPaを記録したのだけれど写真に撮りそびれた。この頃が台風の最接近だったのだろうと思う。みるみる下がる気圧がすぐに上がっていく様がおもしろかった。

まだまだ日本に沿って進む台風、できるだけ被害が少なくありますように。

済んでないからこんなことを言えるのだと思うけれど、岡山や広島方面に行くのを考えたらこちらで引き受けた方がいいのか、などと考えたり。
いや、やっぱり、まだ来ていないからこそ言えるのだろうが。
とにもかくにも、被害の少なからんことを。

夫がでたらめにMP3プレイヤーに入れている曲を、車に乗るときにFMトランスミッター経由で車のラジオで聞いているのだけれど、もうひと月くらい前にかかった曲のイントロが、斎藤和義(せっちゃん)の「ずっと好きだった」かな?あれ、ちょっと遅いしキーが違う?と思っているうちに別のメロディが始まって、高田渡の「しらみの旅」という歌だった。
あ、では、斉藤和義は「しらみの旅」のイントロをパクッてるの?でも年代的に、高田渡なんて接点あるの?と不思議に思ってググってみたら、高田渡自身がこのイントロを他からパクる・・・というか引用していて、それはチャック・ベリーという人の「ジョニー・B・グッド」という曲のイントロ(「リフ」というのらしい)からだった。というか、そのリフを私は映画で聞いたことがあった。「バック・トゥ・ザ・フューチャー2」で、マーティーが両親を無事結びつけるためにダンスパーティーで演奏する曲だった。

音楽に詳しかったらきっとそんなことは常識なのだと思うのにホント無知なので、「そんなことも知らなかったの?」と笑われそうだけれど、私としてはこの知識を得たのは結構おもしろかった。


いつも夏はお休みするのに今頃元気に咲いているグリーンローズ。

どちらさまもどうぞお気をつけて台風をやり過ごされますよう。

台風が近づいているので母が疲れる。
前の日にさんざん説明したことを翌日にはまた不安だとぎゃんぎゃんわめく。今度のはさすがに破格の強さ大きさだし紀伊半島に上陸すれば大きな被害があるだろうからその怖れはわかるのだが、毎日うんざりして定時の電話を切る。
私は自分の荷物だけ持ちたいよ。

一昨日で家のローンを払い終わった。この家に住み始める前に大きな台風がきて、屋根の上のアンテナが落ちた。私たちはまだ引っ越し前だったから直接の不便はなかったのだが、あたりの電柱はバタバタと倒れていて5日間電気が通らなかった。
毎年台風がやってくると母をなだめるのに難儀するがそれでもあんな被害は20年間なかった。ローンを払い終えるのを狙いすましたかのような脅威の台風、イヤなやつだ。

まだ9月は始まったばかり。まだまだ台風は生まれるのだろうな。

7月の末の猛暑の時、毎日毎日晴れで、毎日毎日夕焼けがすごかった。しまいには普通の夕焼けなんか慣れてしまって窓から眺めるだけだったが、最初のころは二階に上がって写真を撮っていた。
その中の一番すごかったのが↓。


この日、あの東から来る常識知らずの台風が生まれたのだった。
今日は曇っているけれど、明日は夕焼けになるだろうか。

私は持続力がない。
一生でずっとマジメにやってきた(やりとげた)ことと言うと、まず母の娘であるという業務は努力していると思う。それから夫の妻であるということもまま努力していると思う。
それから也々のおかあちゃんであることはその時々の私の限度いっぱい頑張ったと思う(最善であったとは思うが最良ではなかったとも思う)。庭のお花たちの世話もまま頑張っている。
それくらいだ。

本を読んだことを今年の初めにはここに記録していくつもりでいたのだが、春になって、庭も忙しくなり、野山の誘惑も激しくなり、そもそもここを放置してイベントの記録だけで精いっぱいになって、読書量自体も微々たるものになったので結局何とか坊主になっちゃった。

なんとなくそうなるのじゃないか、と予防線をはっておいたので、これを読んでいるごくごく少ない方は「やっぱりね」と思ってくださるであろう。

最近は全然絵を描かなくなっちゃったので、時折描いてみるとものすごく下手ですごくやんなっちゃって続かない。
この間、昔絵手紙の講師に何度か行った時のことを「つぶらさんが講師の時はとても丁寧に教えてもらってとてもよかった」と、とある人から伝聞で聞いて、なんだかうれしかった。自分ではほとんど忘れていたようなことだったのに。それに今は絵手紙も全然描いていなくて描けないのに。
絵を描く才能のないこと、絵を描く「目」を持っていないことに常に失望させられて辛いけど、でも、それはちょっと脇によけておいて、楽しく絵を描くことを続けてみるといいかな、とちょっと思っている。
才能があるかどうかじゃなく、続けること。


昨日読んだ本。
沖永良部島の、昭和20年前後の話。島唄のことが出てくるので、この本を昔ともだちだった人におくりたいとちょこっと思った。おくらないけど。