財布の小銭入れのところの底が擦り切れて、今にも小銭をばらまいてしまいそう。分不相応なブランド財布(夫が買ってくれた)で、他のところは全然傷んでいないし、カード入れがたくさんあるところや札入れが2か所あるところが気に入っているのでまだまだ使いたいんだけれど。
他が傷んでいないのに、小銭入れ、しかも2か所あるうちの1円・5円・10円を入れることに決めている部分だけ擦り切れるというのが、如何にも貧乏な我が家の家計を預かる財布、という感じではある。

布がシールになっている補修シートを買ってきて底に貼ろうかな。夫がこの財布を選んで買ってくれたのは、このブランドが百合の紋章をロゴにしているからで、私がユリが好きだから。あまり好きでない紺色だったので初めはなじめなかったけれど、革がこなれて色もくすんできてだんだん好きになってきたのに。

けもなれ(「獣になれない私たち」)で、とうとう主人公の晶が恋人の京也に別れを告げた。自分ではないものを演じ続けることで継続してきた関係性のまやかしに気付いたから。
自分を取り戻せてホッとしている晶の気持ちもわかるのだけれど、そうなのかな?それでいいのかな?とちょっとだけ思った。
誰かと一緒に歩くということは程度に違いはあれど、自分の歩くペースを自分の思いのままにはできないんじゃないだろうか。一人で歩くペースも二人で歩くペースも全く同じなら幸いだけれど、ほとんどの場合そうはならないんじゃないだろうか。歩幅を変えたり、少し急ぎ足になったり、ちょっと先に行って後ろを振り返って待ったり、そんなことをみんなしているんじゃないだろうか。
それでも、一緒に見たい景色があり、一緒に行きたいところがあるから、人は二人連れで歩くのじゃないか。
歩いているうちに一緒に歩く歩き方がもう一つの自分のペースになるんじゃないのだろうか。
だんだん好きになった財布のように。

京也と晶、より戻さないのかなぁ・・・


蔵出しだけれど、馬見丘陵公園のサルビア「イエロー・マジェスティ」。