今日は実家へ。

雨が降りそうなので電車で行った。電車に乗ってすぐに起こった特筆すべきことは最後に書こう。

母の負担を軽減したいので実家に行って食事の準備をなるべくしたいのだが、父が母の手料理を食べられるのはあとわずかなのでその機会を奪いたくないという思いもあり、またどういうわけだか母も不調は増しつつあるのにご飯の支度をしたがる。今日聞いてみたらやはり、「私の作ったものの味を覚えていておいてほしい」ということだった。

昨日は母の病気発覚後、弟が初めて嫁さんと実家に来て、ごちそうをたくさんたくさん持ってきてくれたから、母はいろいろ食も進んでしんどい中にもうれしかったようだ。
今日もその食べ物の残りもあり、母が朝から作ったものもあって、私は特にすることなくくだらないことをケラケラとしゃべっていた。

12時前にかかりつけ医に父と二人で話に向かう。
結局他所に頼むことになるのかも、と思いながら、母の看取りまで面倒見ていただけないだろうかと話をすると、「最初からそのつもりやったで」と。もう心底ホッとした。終末期、鎮静していただくのが母の希望だということもお話しできた。

母に報告すると母も安堵していた。またまたくだらないことを話しながら異常に早い夕ご飯をして、片づけをして、父に駅まで送ってもらって帰ってきた。

さて、往きの電車のこと。
私がいつも乗る電車は通学の高校生でこのローカル線には珍しく結構混んでいる。
最寄り駅からのった車両は空いている席がなく、ドアに一番近い座席の前のつり革につかまった。
私の前には40がらみのガタイのいい男性が座っていて、スマホをいじっていたのだが、ふと私を見ると急に席を立ち、「どうぞ!」と私に座るように勧めるのだった。
「え、いえ!」「いや、どうぞ」と石火のような押し問答で結局私は座り、その人は2駅分私の横に立って後降りて行った。
昨日美容室に行って、染めていた部分をかなりカットしたので前髪がほとんど真っ白の白髪頭(本人からしたらグレイヘアなのだが)であり、しかもマスクをしていて顔の造作はわからないから、おそらく私のことを「席を譲るべき高齢者」と思われたのに違いなく、だからといって「あなたときっとそんなに年は違わないですよ」などと言うのもはばかられ(多分10才は私の方が年寄りだろうから)、非常にこまったこまった気持ちだったのである。
ソンナニ、ヨボヨボ、シテイタノカシラ???

今日は私の、譲られ記念日です~♪


もう散ったけれど、きれいにたくさん咲いたシソバタツナミソウ。


55歳にして席を譲られる私の前髪(やっぱりショックなのか?!)

4月初めごろに、GUで買った1000円のパンツがあったのだ。ベージュでアンクル丈のカーゴで、裾巾がちょっとだけワイドでシルエットがきれいそうだった。MかLか悩んだけれど、ユニクロにしろGUにしろ少しサイズが大きめみたいな感覚があったし、表示の寸法もいけそうだったのでMにした。
・・・入りませんがな。
いや、入ることは入るのだけれど、いわば、「少年(冒険)シンドバッド」がマジックベルトを締めたような(これわかる人シニアね)状態。
もう別にLを買ってこようかなとも思ったけれど、やっぱり太り過ぎだし、骨粗しょう症のためにも体重は落としたくなかったけれどそれでももう少し落とした方が心臓にもいいかな?とプチダイエットをはじめて、それなりに2㎏くらいゆるゆると痩せてはいた。

そこへきて、5月半ばの発熱。実はいったん36℃台に下がったと思われた体温が今もすっきりと下がってはいない。翌日から喉が痛み始め、それも扁桃腺が腫れるというのではなく、喉の片隅のどこかがピンポイントで痛い。熱は37℃台後半をうろうろ。20日に耳鼻科に行ったが扁桃腺が腫れていないので「だいじょうぶですよ」と素っ気なく言い(あんまり熱心に診てくれる先生ではもともとない)、とりあえずの抗生剤が出たのでおとなしくのんでいた。が、治らない。とにかく食べることができない。20日の晩御飯にポークビーンズを作ったのだが、熱いもの、酸味のあるもの、塩気のあるものを食べると冷や汗脂汗が出てくるくらい喉が痛い。地獄のようなポークビーンズだった。
実家にウスイエンドウの収穫を手伝いに行く約束があったので早く治りたいのになんともならないので、歯を磨いた後、洗口液を綿棒に浸してその箇所を消毒したり、1時間おきにうがいをしたり、イソジン原液を塗りたくってみたり、思いつく限りのことをした。
そんなことをしている間に、母は咳があまりにひどいのでかかりつけ医に行き、レントゲンを撮って、8か月前に撮った同じ胸部写真には全くなかった真っ白の卵大の影が見つかったのだった。

かかりつけから紹介された県立医療センターに紹介状を持っていく母の診察に立ち会おうと、先週24日出向いた。「宣告」のあと、帰りに一緒にお昼ごはん(両親にすると夕ご飯)を食べた時もまだけっこう食べ物が沁みていたのだが、自宅に帰って外出中できなかったうがいをして、また綿棒に洗口液を浸してその箇所を消毒して最後にガラガラとうがいをしたら、舌の上に何か粒のようなものが数個さわったので手の上に吐き出した。
なんとそれはあの有名な「臭い玉」というものだった。医学的には「膿栓」といって、扁桃にある陰窩という穴にたまるゴミのようなものらしい。5㎜程の直径のものが3つも。痛いのの正体はこいつか!と思い、また綿棒でそのあたりをグイグイ押してみたら今度は3㎜ほどのが1個出てきた。
もう出なさそうだったので今度はイソジンでそのあたりを消毒した。
翌日にはあれほど痛かった箇所がもうなんともない。そのあたりを綿棒で消毒した時の臭いが・・・なんというか、ドブのような臭いだったのに、その臭いもなくなった。
熱の方はまだちょっと高いけれど37℃台前半まで下がった。

といった感じに吐き気風邪の後に臭い玉のせいで食事があまりできず、この2週間で2.5㎏の減量に成功しましたがな。今日はGUのパンツを余裕で穿き、激安美容院で頭をすっきりしてきた。
気持ち悪くて痛くて臭い、ダイエット顛末記である(とほほ)。


もう散ったけれど、今年もカメレオンリリー、咲きました。

今日は実家に行かないので、買い物をしてから庭のことやイカリソウのブログのことをしようと思っていたのだが、買い物から帰ってきたら知らない電話番号から電話で、それが昨日会ったケアマネさんで、訪問診療を引き受けてくださったかかりつけ医に話を聞いたらかかりつけ医は終末期の看取りまで診る気は全くなく病院に入院するまでのつなぎのように受け取っていたのだがどういうことか、と。
そんなそんな、こちらこそそんなことは寝耳に水で、昨日のかかりつけ医との話で人心地着いたように思っていたのにと動揺し、電話を切って父に電話をすると、ケアマネがちゃんと話してくれなかったせいだと怒声でらちが明かないので、どうしようかと二の句も告げられないでいると、この後2時に訪問看護師さんを連れてケアマネさんが実家に来る約束があるというので、急遽実家に行くことにした。

せっかく昨日方向性が見えたのに、それを覆されて、両親の混乱は激しく、母は「もうめんどくさい、今すぐコロッと死にたい」などと言い出すし、父はケアマネさんが専門的にいろいろ話すことがほとんど飲み込めないのでそのことで不安やいら立ちがあって、父向きに話を交通整理し、母の手を握って気持ちを何とかなだめ、ケアマネさんと訪問看護師さんを迎えた。
要は、かかりつけ医の機嫌を損ねないようにしながら、母は終末期まで在宅で過ごし家で看取りをしてもらいたいという強い意志があり、そうなったときに診ていただけるのか、不可能ならばどうすればいいのか、ということをかかりつけ医に聞いてこなければならず、可能ならこの間の話通りに訪問してもらい、不可能ならば別の道を探す、というような結果を得てこないとならない。明日の木曜日はかかりつけが休診なので、金曜日に父とまた話をしに行くことになった。

訪問看護はとりあえず来週から週一できてもらうことになり、その契約書のサインを代筆してきた。

なんだか前途多難だなぁ。昨夜は割とよく眠れたけれど、今夜はまたアカンかも・・・
ケアマネさんがかなり苦手なタイプだ。だって、ガングロ厚化粧でミニスカなんだもん(しかも私よりちょっとだけ若いかな?くらいの妙齢の)。

ちびちびここに愚痴を書きますがどうぞお許しください。


だいぶ前のディスタント・ドラムス。
バラはもうほとんど花を切って5枚葉の上まで切り詰めて、肥料をたんとやって、カイガラムシもとっておいた。庭仕事もちゃんとしたいなぁ。

今日は、この頃お疲れ気味の夫にゆっくりしてもらうつもりでいたのだけれど、母の今後の在宅でのケアについて、介護のケアマネージャーの係の方がお話に来られるというので、挨拶もしたいし話も聞いておきたいので夫と相談して実家に向かった。
往きにまほろばキッチンでハチクを買って行く。多分母には最後のハチクの季節だろうから。
雨が激しいし、日曜日に対向車線で2つもの玉突き事故を見たので(しかもその前日にもトンネル事故あり)京奈和に乗るのは嫌だったが、結局一番早くて便利なので京奈和を走ってもらった。

実家に着いて、ハチクのあく抜きをしてしばらくしてケアマネさんくる。
今後、往診をしてくださるお医者さんとのつなぎを得るために、これまでのかかりつけ医(先日医療センターへの紹介状を書いていただいた)へ挨拶に行った方がいいとのことだったので、ケアマネさんが帰った後ですぐかかりつけに連絡をすると12時過ぎに時間を作ってもらえたので、それまでに夕御飯の支度をして父と出かける。夫には母のおもりをしていてもらう。

かかりつけは往診をやっていないとのことだったので、緩和ケアのできる往診対応の医院に今後診てもらうことを了承していただきに行ったのだが、母はもう40年この医者にかかっているし、かかりつけの方もウチで診るよと言ってくださったので結局別に医院を探すことなしに往診対応していただくことになった。

両親がケアマネさんと相談して決めたことをフォローするくらいのつもりでいた自分の甘さに気付かされた。私が率先して手続きやら相談やらしていかなければいけないのだった。人と話すことはとてもプレッシャー。でも頑張らなきゃいけない。

かかりつけから帰ってきて、夫も持ち帰りの仕事があるし、今日は夕御飯(いつものように異様に早い)の準備や片付けはせずに二人にまかせて実家から辞した。帰りに、両親がお気に入りの和食ファミレス?のお昼のランチを食べた。いつも母が「みんなで行きたい(私たちにおごりたい)」と言っていたお店。

とにかく、今日は、往診していただけるわたりがついただけでもホッとした。


ディスカウントスーパーで138円で買ったディケロステンマのお花咲いた(この数日の高温でお花が傷んでしまったので昨日もう切ってしまった)。

私の残りの人生において、やり遂げなければいけないことが3つある。
両親それぞれを送ることと、夫を送ることだ。
だから私はできるだけ健康で長生きしないといけない。

で、もっともっと先だと思っていたのに、ずいぶん早く第一ミッションが下ってしまった。
近い未来、母を送ることになった。
いろいろ思うことはあるのだけれど、まだあんまり整理されていないし、饒舌に語るのも違う気がする。
也々をなくして3年ブランクがあったこと、也々にたくさん学ばせてもらったこと、幸運だったと思っている。
きっと死にたくなるくらい忙しくなるだろうけれど、第一ミッションを無事やり遂げるぞ!おーー!


このバラは母がとても好きなバラ。毎年我が家で植え替えて春に持っていき、楽しんでいる。