糸がないのだ。

家の白のミシン糸があんまり残っていないのでネットで買うか、と思ってあちこち探したのだがどこも品切れなのだ。
私が夫のことにかまけている間に、布の手作りマスクブームが席巻していたらしく、ダブルガーゼがないどころか柔らかそうなコットンプリントの類が手芸屋さんではすっからかんのようだ。
でももしかして・・・と思い、朝からバイクで行けるイオンに行ってみたのだが、ミシン糸は白どころか様々な色がない。しかもおひとり様1個の購入制限までかかってる。そしてやっぱり布もない。
ダルマ糸の細目の白があったので買ってきた。手縫いでできるところは手縫いでして、見えるところはミシンで縫おう。

布のマスクには感染を防ぐ積極的な効果はないけれど、それでも糸や布がなくなるほど手作りマスクが流行るのは、「やってる感」を味わうためなんだろうと思う。
何か戦うためのことをしている、という実感を持てる作業なのだろう。
コロナに対しあまりに無力なので。不安があまりに大きいので。

私が買い物に行っている間に、夫は昨日のコマドリのリベンジを果たしてきたが、公園は鳥活ネットワークのせいで非常に密になっていて夫は大変気を遣ったようだ。

この時期になれば夏日も多くなる奈良なのに、今日もまた寒の戻りで、ストーブをつけて過ごした。夫のベッドがありこたつを部屋に置けないので寒さを余計に感じる。

いろいろやらなければいけないこともあるのに何もできずに一日終わってしまうなぁ。

慶応大学病院の調査で、一般の外来患者さんの中に潜在的に感染者が6%くらいいるとのことで、見えない市中感染が広がっているとすると、東京の感染者が3000人程度というのは氷山の一角に過ぎないのではないか、というようなtweetが流れてきた。
そんな午後に岡江久美子の訃報。

目をつぶっても考えないようにしても、今起きていることから逃れられない。
見ないふりをするような臆病な真似はしたくない。