冬鳥がやってきたので、鳥活シーズンのはじまり。
昨日の朝はまたいつもの公園へ。


ジョビ男。


通年メンバーだけど、ホオジロさん。


ジョビ子。


公園では初めて見る、アトリさん。
夫は数日前に写真を撮っていたけれど、私も会えた。


キビタキのオンナノコ。キビ子ちゃん。
コサメビタキやエゾビタキはもういなくなってしまったので、この子ももうじき行っちゃうんだろうなぁ。


通年メンバーのコゲラさん。まだ幼い子らしい。


センダイムシクイ、かなぁ?ウグイスの仲間はちょこまか動くので撮りにくい。

公園には、「期間限定」のノゴマさんがきているのだけれど、定位置に鳥活の人が常駐しているので密が怖いし、一日中じっと待ってるヒマもないので会えない。
生きていたらいつかチャンスがあるかしら。

pcのスピーカーが調子悪くて、どうも断線しているみたい。
私の気分転換は、星野源の「YELLOW DANCER」を聞きながらオンライン上海をすることなので、音が出ないと大変困る。仕方ないので尼でポチった。
夕方いじくりまわしていたら音が出るようになったので、また早計か、とも思ったが、帰宅した夫が、断線のまま使っていて発火したらアカンからええんちゃう?と言うので、まあ良しとした。

雪割草の植え替えを少し休んで、今はイカリソウの植え替えをしている。ホントは6月ごろが適期で秋も植え替えはできるけどあまり根をいじらない方がいいらしく、来週からは気温も下がってくるらしいしもうそろそろタイムリミットだ。

この頃は雪割草もイカリソウも植え替えの時に、酸素供給剤を混ぜ込んでいる。
夏の高温がひどかったせいか根傷みがひどいので。気温は下げられないから何かできることはないかと思い、試してみることにした。
近所の園芸店やホームセンターでは売っていないので、取り寄せをしてもらって入手した。

用土にはずっと「スミクリン」という炭を混ぜ込んでいるのだけれども、通販をしてくれていた業者さんが扱いを止めてしまったので、なくなったらどうやって手に入れようかと悩んでいる。
腐葉土を買っていた業者さんも通販を止めてしまった。これは京都の業者さんなので、直接買いに行くこともできそうなのだが、今となっては越境の買い物ははばかられる。

園芸なんて、結局「必要欠くべからざる」ものではないのだから、この先日本という国が目に見えて貧しくなっていったときに、少し凝った園芸資材を扱うようなこういう業者さんは存在し続けられるのだろうか。
今の便利がこの先どれだけ維持できるのだろうか、この国は。

だって、人間の中身は、15年戦争の前よりも質が低下しているよ?


9月27日に公園で初めて会った、サンコウチョウさん。
夫は朝の出勤前の鳥活で何度も会ってシャッターチャンスに恵まれているけど、私はこれ一回っきりでした。

今日は、母の誕生日だ。生きていれば76歳だ。
こんな「新しい時代」に生きてなくて、多分よかったんだろう。あの人は怖がりだったから、毎日気持ちをすり減らして暮らしただろう。
私としても、母の闘病が今年じゃなくて本当によかった。訪問介護や訪問診療、薬局の人、ベッドや酸素の業者、入れ代わり立ち代わり人が出入りする在宅看取りは、今の時代危険すぎるから。

一生分の不運のように思わないこともなかったが、案外ツイていたのかもしれぬ。

人間というのは、つくづく、じっとしてはいられない生き物なのだと思う。
観光業を、飲食産業を、盛り立てるための施策といいながら、その実、特定のどこかの懐を潤すためだけの事業なのだとわかっているのに、「お得ですよ~」の声にのせられて、旅行に行く、飲食に行くのを止められない。
PCR検査抑制の国の方針?のもと、感染してもそれとわかることが限られ、無症状でもスプレッダーとなり得る病なのだから、出歩かないこと、他人と飲食しないことが抑え込みの第一歩なのに、自分については例外と思うのか、そもそも病気のことをよくわかっていないからか。

いや、それよりも、やはり、人間というものはそういうものなのだろう。遊ばずにいられない。人と語らわずにはいられない。不安だから、なおさらなのだろう。
そして、遊んでも、人と語らっても、その不安を一人の時間に持ち帰ってしまう人の中に死を選んでしまう人もいるんだろう。

太宰治は、戦時中とても健康だった。
作家が書き物を統制されてしまう時代に、多くの作家が筆を折ったりあるいは時局に迎合した翼賛小説を書いた時代に、上手に「書きたいもの」と「書いていいもの」の間を綱渡りして数多くの作品を生んだ。
人々の不安の時代に、明るい、希望の多い、読む人の心に明かりをともすような小説を多産した。

今の自分に、もしかして戦時中の太宰と同じなの?という思いを抱いている。
私は自分を、心の弱いめんへらちゃんだと思ってきたけれど、だからこんな不安の時代には真っ先にへこたれると思ってきたけれど、全然そんなことはない。
庭で植え替えをしているだけで、時々早朝公園で鳥活をするだけで、全然毎日満ち足りているし、人と語らわずとも全く鬱屈しない(そもそも人と語らう方がストレス)。

今、世の中の人は、自分の不安と闘う人もいれば、遊んで気を紛らわしてやり過ごす人、はじめから不安をなかったことにする人、みな不安にきりきり舞いさせられている。
でも私は、生まれてこのかた、不安だけを友として生きてきたので、不安に対して人よりも耐性が強くて、自分なりの「新しい生活様式」を取り入れた後はわりと平然と暮らせてる。
だいたい、夫の病気やら父のことやら、忙しくて。

太宰は、世の中の不安がなくなってから3年しかもたなかった。
私は、この不安の時代の後、どうやって生きていくのかな?


秩序という花。

火曜日に父はリハビリ復帰。
以前のお試し期間の最初の時よりも動けてると理学療法士さんに言われてうれしかったようだ。

昨日は生協までお米を買いに行ってきた。

今年は、西日本はあちこちそうらしいが、奈良もトビイロウンカの被害がすごく、「坪枯れ」というらしいのだが、まだ稲の葉が青いうちに稲田の真ん中の大きな部分がごそっと茶色く枯れる現象があちこちで見られた。

茶色いブチのようになっているところが枯れたところ。

9月の奈良の作況指数は100超えていたけれど、あんなにあちこち枯れていて、自家用米も買わなければならないなんて話も聞くので実際はもっと低いんじゃないだろうか。
いつも食べる県産のヒノヒカリの新米がないかと見に行ったのだけれど、1年度産しかないので、滋賀県産のみずかがみの新米を買ってきた。

お米しか自給できてない国でお米がとれなくなったらどうするのかね。

フラゲした星野源箱はまだ何にも聴いていないし見ていない。
録画したドラマも全然見ていない。
このところは、縫物もお休みで、植え替えと読書だけ。
本は、楽しみにしていた「われらが少女A」の順番がようやく来て雨の土曜日に一気読み。
それから、新刊本コーナーにあった「ウイルスの世紀 なぜ繰り返し出現するのか 山内一也」という本を2日で合間を見てチビチビ読んだ。これも面白かった。

先月初めにやった健診の結果がようやく来た。
危ぶんでいた血糖値関係は拍子抜けするほど数値がよかったが、腎臓の方は軽度腎不全の一歩手前だった。
血圧高めなのと、鎮痛剤の多用だろうなぁ。しかし、ストレスも多いし頭痛いんだもんなぁ。しようがないよなー。


まあ、くねくねとやわらかく、アクロバティックに生きていきましょう。