書いていなかったことがあった。

2月の夫の手術から1週間経って、午後の検査次第でカテーテルが抜けて退院が決まるとなった日に、午前中に銀行の用事やら買い物やら済ませておこうと思ってバイクで出かけた帰り道、家から割と近くの道で、前方の空を飛んでいる鳥の群れがあった。スズメよりも大きい。ハトよりも小さい。ムクドリとは体のバランスが違って頭が少し大きめな感じがする。何の鳥だろう?としばらく見やっていたけれど見失って、忙しいこともあるしそのまま家の方向に走ったのだが、曲がり角を左折しようとしたら真正面の電柱に斜めに渡してある電線に20羽ほどの鳥がとまっていた。
ヒレンジャクだった。
さっき飛んでいた鳥はこれだったのかと。
夫の入院の前の週まで、出ているという場所をあちこち探してめぐり逢えず、夫が入院してから近所の公園に出たとネット情報で知って悔しがっていたその鳥が目の前にいた。
スマホじゃ撮れないが証拠写真だけでも、と撮った。

下の下の証拠写真だった。
午後から夫の病院に行って見せた。
夫はこれで明日に退院許可とか出て、果たしてちゃんと家まで帰れるんだろうか?と思うほど、顔色も悪く痛みも強く(そりゃそうだ。膀胱と尿道がつながらずパカパカだったのだから)、得体のしれない不安が胸にとぐろを巻いていたのであるが、あれほど探していたヒレンジャクが家の近くまで来ていたのだから何か吉兆なんじゃないかなどと無理やり思うことにして、夫にも「ほら、鳥さんも退院を待ってるんだよ。また見に行こうね」などと言ったりしたのだ。
で、夫の造影検査は予定の15時を越え18時を回り、カテーテルは抜けたものの私の帰宅後詳しく写真を見た担当医が焦ってまた夫はカテーテルを突っ込まれ、それからまだ2週間入院し、結局カテーテルを抜けずに蓄尿バッグを提げたままの退院となり、いったい何が吉兆やねん、という話である。

ネタとして書くには気持ちの上で全くこなれていない出来事だったので書けずにいたのだけれど、もう書いちゃうことにした、という。
夫、再び尿道狭窄が進行してきたようで、またお医者さんのお世話にならなきゃ、のようなのだが、いや、正直落ち込むけれども、自然物に吉凶を見るようなショボい心持ちは捨てて、美しい雲も、珍しい鳥もそのありようをそのまま楽しめるようであらねば、と思うのだ。


庭に来てくれたカトリヤンマ。一所懸命名前を調べた。

あついねえ。

父の誕生日祝いで実家に久しぶりに泊まってきた。庭は草ぼうぼうになっていたので朝5時前に起きて草引きをした。草引きの前にゴミ捨てに行ったら、東の空に三日月と、何か惑星の明るい星と、オリオンが見えた。
父の衰えが気にかかるが、同居するのはとてつもなくしんどいし、困ったものだなぁ。

話変わって。

梅雨が明ける前、図書館で借りた本ばかり読んでいた。
塩田武士の「罪の声」を読んだ後、書評を探して読んでいたら、「グリコ森永事件」をもとにした小説で「レディ・ジョーカー」というのがあると知って、何となく読んだことのなかった高村薫を初めて読んだ。
上下2巻のごっつい本を図書館で借りてきたのだが、しかも活字が2段組で字も小さい。ハード。ごっつい本には闘志が燃える。
面白かった。「罪の声」がかすむほどだった。特に合田雄一郎という刑事がよくて。インテリな刑事で、すっきりした容姿の男らしい。そして足はズック(という表現が昭和な私にはよい)。
高村薫の著書には合田雄一郎シリーズがあるらしい。私でも題名を知ってる「マークスの山」というのが合田の初めて登場する作品らしい。それで、その本を借りる。あっという間に読む。それから「照柿」というのも読む。これもよかった。
「レディ・ジョーカー」後の合田シリーズは「太陽を曳く馬」というオウム事件を題材にしたもので、どうにか読んだのだけれどもこれは難解だった(オウムをモデルとする新興宗教の台頭にゆさぶられる既存仏教、特に密教のあれやこれや)。この「太陽を曳く馬」はこの作家の別のシリーズの1作品でもあるので、そちらのシリーズの方を好んで読まれている方には入り込みやすいのかもしれないのだけれど、私にはしんどかった。
続けての「冷血」もまたよかった。これは「世田谷一家4人殺人事件」を下敷きにしているようだ。
今のところの合田シリーズ最終巻はまだ出版されて間がないので、図書館では順番待ちの状態だ。仕方ないので、ミシン仕事に今はシフトしている。
はやく順番が来ないかなぁ。

映像化された合田雄一郎の役は、中井貴一、徳重聡、上川隆也がやっているようなのだが、私の頭の中ではなぜか松下洸平になっている。「ズック」が似合うと思うんだよな。

読んでない人にはまるで分らない話でした。

さて。
源平ツリフネソウだーーと嬉々としていたあの子。


・・・違った。
これはアメリカアゼナみたい。
一緒に生えている子はベゴニアさんらしい。大きくなってお花咲かせておくれ。


これはウチのクリスマスローズの実生ポットから生えてきて我がもの顔になっているアゼナ。
どこから来たんだろうなぁ?


大きなニホントカゲさん。今年はチビさんたちを何度か見かけた。カナヘビは減っちゃったみたい。あまり見ない。

夕方6時。
あれからもう35年も経つなんて、ウソみたいだ。
新婚ホヤホヤさんだった私と夫は麻婆豆腐を食べながらテレビを見ていたのだった。

連日、暑すぎる。

東京にいたころ、夏休みは自転車であちこち走り回っていた。子どもに帽子をかぶらせてくれたり水筒を持たせてくれたりする親じゃなかったもので、アスファルトの道の照り返しの中を何キロも走ったりしていて、どうして熱中症にならなかったものかと今にして思うのだけれど、そんなに暑いと思ったことがなかった気がする。
やっぱり今の東京とは気温が違うのだろう。

・・・今、気象庁のデータを見てみたけれど、1976年の8月12日の最高気温が31℃。今日の東京の13時の気温が34.7℃。
単純には言えないけれど、やはり3℃位は気温が上がっているんだろうなぁ。


昨日のベランダからの雲。入道雲、というにはちょっと弱そうだけれど、そういうことにしておこう。だって今週は「入道雲大吉」らしいから。


いただいた源平ツリフネソウをダメにしてしまって、未練未練で植わっていたポットをそのまま日陰に置いておいたら、あれ?
これ、そうだよね??
がんばれーー!
今日のとっておきのイイコト。

今日はいわさきちひろさんの命日なのだそうだ。ちひろ忌だそうだ。

中学の時、美術の時間にいわさきちひろみたいな彩色で同級生の肖像画を描いたら、美術の教師に注意されたことがあった。あのホワホワとした色使いは手抜きでも何でもなくて、いくつもいくつもデッサンをし線を描きつくし、色もとことんまで塗りつくして、その先にあの簡素でありつつも生き生きとした絵が生まれるのだということを、ちょっと美術の成績の良いだけの生意気なガキは理解せず、教師の「もっと突き詰めて色を塗って」という言葉に対し(今思えば、絵を描くということの厳しさや素晴らしさを、この生徒なら受け止めるかもしれないと思って言ってくださったのかもしれないのに)、「これ以上は塗れません」などと偉そうに言い放っていたものだった。

そんなことを思い出しつつ。
ワタシ的には8月8日は88の日だけどな。

朝から実家に行って明日の晩御飯の支度をしてきた。この間買い物の時に夫や私の衣類と一緒に買ってきた父のズボンを渡したら、代金を取れと言ってきかない。さんざん押し問答して、結局受け取らなかった。

実家への往復、大阪や兵庫からの車が目立った。連休だから、川遊びにでも行くのか。
奈良の南部は下手をすると離島並みに、いやそれ以上にへき地なんです。コロナの指定病院に行くまで3時間以上かかるところもあるのです。お願いだから、ウイルスを持ち込まないで・・・って、聞き分けできる思慮があるならはじめから来ないよね。イソジンに殺到して阿鼻叫喚な、スゴイな日本人!だもんね。
(ちょっとオコ)

今朝がたは早くから起きてしまって、そうだそうだ、宿敵昆虫Gの駆除薬を新しいのに置き換えてやろうと4時半ごろから家中ゴソゴソしていた(お前がGか?)。
これも懸案事項だったので片付いてよかった。そんなこと、ものの十数分で終わる用事だけれど、なにせ昆虫Gにまつわることだから、私には心理的ハードルが高いのだ。

コロナがあってもなくても、生活は進むし私は老いるのだなぁ。
也々がいなくなって4年5か月も経つのだものなぁ。

Eテレの、「0655」という番組を見ようと努力しているのだけれど、なかなかに難しい。

ウチは、朝はたいてい6チャンネル(関西ローカルのABCテレビ。テレ朝系列)で、関西の人ならみんな知ってる「おはよう朝日です」を見ているのだけれど、これが6:45始まりで、トップニュースとか天気予報などの「注視したいコーナー」の部分なのでついチャンネルを変えるのを忘れてしまう。
というか、単に私がアホなんだけれども。

それで、テレビの予約機能を使ってこの頃は見ている。ただ、ウチのテレビの機能が不十分なのか、そもそもテレビの予約機能というものがそうなのか知らんけど、「毎回予約」というのができないので、毎日予約しないといけないようで、今週の月曜日は予約し損ねてやはり見逃してしまった。

こういうとき、「あれくささん」とかが家にいれば、「『0655』を毎日見せて」とか何とか言って、助けてもらえるんだろうか。あれくささんはそこまではできないんだろうか。
家にいないし、これからも来てもらう予定がないのでわからない。

「0655」はやはり、いぬとねこの歌がよい。ねこさんは微笑ましく見、いぬさんはホロリとする。

母が死んで1年経ち、也々とおんなじに、すっかり私の「内なる存在」となった。人の生き死に、過去のこと、知らない未来のこと、さまざまに思い、考える。この「クソ」なる人生に奥行や深みをもたらしてくれることごと。

このあいだ、twitterで、母が死ぬ2週間前に選挙に行ったことをつぶやいたら、「バズる」とまではいかないけれど4桁を超える「いいね」をいただいてしまった。
6人兄弟のうち両親から一番愛されなかった子どもだと自覚していて、初めの夫には棄てられ、二度目の夫は未熟で自己愛の強い人だったから、母は人に褒められた経験が多分すごく少ない(だから私を褒めることをしなかったのだ)。見も知らぬたくさんの人たちに、一生分にもまさる称賛をいただいたのだと思う。
よかったね、ママ。

いろんなことのあった1年が過ぎ、しなきゃいけないんだけど、どうにもゆとりがなくて今はムリ、とスルーしてきた事案に今日も着手した。
エアコンの掃除。
今のエアコンはちょっといいお値段のヤツで、フラップやフィルターの取り外しが簡単で掃除しやすいというのが購入の決定打だったのだが、その掃除をこの1年全くしていなかった。
説明書を見るのがまずムリだし、まして掃除をするなんて。
気になりつつもほったらかしだった。カビが付かないようにこまめに自分でクリーニングしてくれる、という話だったのに、この長梅雨でやはり送風がかび臭くなってきていて、でも掃除はずっと先延ばししていた。

今日も、どうしようかなーどうしようかなーーーーと思いながら、それでもなんとか腰を上げて、説明書を見ながら部品を外し、部品を掃除し、カビの発生源のシロッコファンもきれいに拭き上げて(カビは付いていたけれども思ったほどではなかった。やはり自分で掃除していてくれたおかげなのか)、元通り組み立てた。
時間もそんなにかからなかった。ああ、すっきりした。

そろそろ昆虫Gも出てきそうに思うので、また薬の置き換えをしなきゃいけない(もう薬は買ってある)。でも今日はもう頑張ったから、いいや。


庭のレンゲショウマ。
特に世話もせず、クロガネモチの木の下の棚に置きっぱなしなんだけれど、機嫌よくよく咲いてくれる。
うまく日陰を作るのがポイントなのかなぁ?


手ぬぐいのマスクが暑くなってきたので、阿波しじらや高島ちぢみなどの夏向きの生地をネットで買って、またマスク職人をしている。
立体マスクだけじゃなく、この間は大臣マスク(コロナ担当相がしていたようなヤツ。少女売春やるようなのは人のクズだが、あのマスクはなかなか良いと思ったので)も作ってみた。まだ夫用のしか作ってないので、今度は自分用も作ってみよう。