夫の5連休。

去年は夫は、部下を非常に働き者にさせる上司のもとで、年3回は取らなきゃいけないはずの5連休が1回しか取れず、その5連休中も毎日上司から電話(ただの電話ではない、20~30分にも及ぶ長電話でしかも的外れの叱責というより八つ当たり)がかかってきたり休暇中にもかかわらず職場に顔を出さなければいけなかったりでまるで休養のとれるような5日間ではなかった。
だから実に久しぶり。人間らしく休める休暇!えんじょい!

しかし。
虎馬というものがある。

連休2日目に京都の「こぶ志」というラーメン屋さんに行くことにした。このラーメン屋さんは1日限定20食のシーズン限定つけ麺があって今はまつたけ入りのつけ麺。

悪夢がよみがえる。
思い起こせば今年の初め、まだ夫が前の上司のもとにいたとき、城陽の「俺のラーメンあっぱれ屋」の限定つけ麺を食べようと非常な努力をして早い時間に出発し、この分なら余裕で食べられるという時間に城陽市内に乗り込んだ矢先かかってきたあの電話…
そう、電話は40分にも及び、お店に着いた頃にはすでに開店しており、私たちの前の客で限定つけ麺が終了した悲しい悲しい過去…

もう、夫の職場用の携帯が鳴るとはっきり言って私はパニック発作寸前になる。

実は京都行きでも往路で携帯が鳴り出しビクっとしたが、何のことは無い常識的な用の電話で安堵したりした。
で、つけ麺は無事食べられた。
27-1
まったけ入り!ウマーー

そして、連休3日目の山の上の話。

大阪の貝塚市側から和泉葛城山に登って紀ノ川を見下ろせるデッキでお昼を食べて、さあ下ろうと歩き出したところ、夫の私用の携帯の方に電話。
気付くのが遅く留守番サービスに切り替わっていて発信者の表示を見ると…
な・な・なんと!元上司の名がっ!
私はもうそれだけで心臓バクバク。過呼吸発作起こりそう。

夫は初めはバックれようとしたみたいですが、私としては下山の道中悶々と歩いてトラブるのもいやだから夫に電話をかけなおすように勧めた。

仕事用の携帯でかけなおした。だって、また40分とか1時間とか長電話されたら通話料たまらんし。
私用のA社と違い仕事用のD社は電波がイマイチ不安定だけどもどうにかつながった。

しかし一体何の用なのか。ものすごく心臓に悪い。。。

。。。

。。。

。。。

夫、すごく無愛想な声で「もしもしっ、お電話いただいたみたいでっ・・・・・・・・・・・・あれ??」
と顔が緩んで機嫌のいい声になった。

電話は、元上司の部署に今年度配属された夫と旧知のDさんだった。
仕事用の電話は部署に置かれて異動があると引き継がれるので、電話番号を元上司の名前で登録してあってもこの春から持ち主が変わっていたのだった。

あーーーー
しかし、一体いつまで祟るのだ、元上司。
久しぶりの5連休にもその影をちらつかせ私たちを恐怖に陥れる元上司。
毎日、死ねばいいのにとつぶやいてます

7月の終わりに髪を切って、ひどい縮れ毛になってしまったことを前の日記に書いた。

その後シャンプーやトリートメントに気を遣いつつセルフカットを2度と毛染めを1度したが、縮れ毛は一向に変化がなく、思い立ってこの1ヵ月半毛染めをしないでみた。
すると、新しく伸びている部分はくせはあるものの縮れるには至っていない。
毛染めが地肌にいけないのかもしれない。

しかし、私の髪の毛は特に額周りともみ上げ部の目立つ部分はもう半分白い。
あんまりなのでなぁ。

以前使ってたヘナをまた使おうかというのを一時期考えたが、色がオレンジっぽくなるのと時間がめちゃくちゃかかるので、しかもナイヤードのとかはそこそこするし、対費用対時間効果の点で考えるといただけない。

ん、ん、ん。
もういっかーー白髪でいくかーーなどとも思った。

で、火曜日、夫の誕生日のお酒を田原本まで買いに行ったら、お店の開店に少し早く、隣のドラッグストアで時間つぶしをしていたところ、45分で染まる、というヘナを発見。しかも色はダークブラウン。
こりゃあいい、とお買い上げ。
で、さっそく染めてみた。45分では若干不安だったので1時間半おいてみた。

これまでの毛染めでチリチリになっていたところはしっかり色が入っていた。新しく伸びたところは若干白髪が目立ちにくくなったかな、という感じ。
でもこれくらい毛染まればおけ、かな。

ヘナはトリートメント効果もあるからか、チリチリ部もすこしひっかかりが少なくなった。
ニオイは…がまんしよう。

美容院に散髪に行こうかと思ったが、前のように「自分でパーマかけたの?」などといらぬ勘繰りされて嘲笑されるのが真っ平なので、またセルフカットした。
チリチリ部の半分くらい切れたので爆発していたアタマがちょっとすっきりした。
そんなわけで今日は少し気持ちが↑だい。

3

ひどい絵を描いてすまん。

処天、高校から大学の頃一番興奮したマンガだったもんで、それ以降も、ツタンカーメンや青青の時代もとても楽しませていただいていたもんで、21世紀になってもまたこんな力作を読める、と、ホントに感謝してた。

でも、どんな贔屓目で見ても、突然の最終回ととってつけた番外編は…

たぶん、都の条例案にひっかかったんだよなぁ。
イシハラ、どこまで憎い~

読みたかったなぁ。ローラの過去を。

13-1
あんまりキレイだったので食えないのに買ってきてしまったリンゴ。

13-2
ついにげとしてしまった。

この本、1988年時点でのイマーノさんの半生を聞き書きの形にしたもので、現在までに世に出た書籍の中で最も情報量の多い本だと思う。
亡くなってからいろいろ関連本が出た中でこの本の復刊も噂されていたのだが、今まで実現していないところを見ると、事務所からOKが出なかったのか。

この本の内容を引用という形で取り上げている雑誌や書籍も多く全部を読んでみたくて、足を運べる古本やという古本屋は全部探したのだけれど得られず、しかし、ネットで売買される価格はなかなかとんでもなくて。

オクの出品を監視して妥協点を探すこと1年余り。

・・・

読み終わって、これまで他のいろんなところでイマーノさん自ら語っている暗黒期について、余人には耐え難い状況でもこの人は強くしたたかに乗り越えたのだろうと一人合点していたことに気がついた。
たとえようもなく荒んでいたのだろうと思う。私などが想像することのできる程度よりはるかにひどい状態に。

例えば、「ひどい雨」という歌は、打ちのめされた男が、自分の巣にいる女に憩いを求める歌だと私は思いこんでいたけれど、そうじゃないのかもしれない。
現実からのつかの間の逃避の手段として快楽を求めているだけ、自分の巣の女じゃなくても、どこの誰でもいいのかもしれない。

そういう頽廃に身を置いたことはないけれど、そんなところにしか居場所がないという状況も人間にはあるものだ。
むしろ、そこまでいって、元に戻るだけじゃなくて、よりいっそう輝く場所に躍り出たのはやはり並みの人ではなかったということなのか。

そんな風に読み込んだつもりになっていて、今日はまた厳しい言葉で目が覚める。

「群像」という雑誌に川崎徹が小説を書いている。
「会話のつづき ロックンローラーへの弔辞」
その中の終わりの方の一文に

知ったつもりの内側など外側に過ぎなかった。

と。

こんな歌を作り歌う人の内面を知りたいと思う気持ちは私にとっては自然なものだけれど、決して内面に行きつくことはないのだな。
浅ましいことだけれど、これが私のアプローチだし。

しかし、道はこれで行き止まり。後は歌からたずねよう。